北海道から沖縄まで。毎年11月から12月にかけて、吉田昭夫社長をはじめとするイオンの役員は株主懇談会に出席するために全国を飛び回る。2024年度は6カ所で開催され、計500人以上の個人株主が参加した。

参加者は経営方針や決算内容の説明を聞き、イオングループのプライベートブランド「トップバリュ」の商品を試食する。懇談会にはイオン北海道やイオン九州といった上場子会社の社長も出席。地域の消費者でもある株主にとっては、普段の思いや要望を直接役員に伝えるまたとない機会になる。毎年多くの参加応募があるといい、いずれの会場も応募倍率が10倍を超える人気ぶりだ。

個人株主、保有比率3割

充実した株主優待制度により、約97万人の個人株主を抱えるイオン。所有者別にみると、個人株主の保有比率は全体の3割を超えている。持ち株数に応じ、買い物金額の最大7%をキャッシュバックする「株主さまご優待カード」が人気を集め、個人株主による購買活動は、年間数千億円規模の売り上げにつながっている。

5月に千葉市で開催されたイオンの第100期株主総会。オンライン参加者の利便性向上にも取り組む(写真=イオン提供)

株主優待は機関投資家が恩恵を受けにくく、不公平との批判も根強い。イオンもかつてアクティビスト(物言う株主)からそう指摘を受けたが、そのたびに事業へのプラス影響を根気強く説明してきた。その結果、最近はこうした批判が影を潜めるばかりか、相場の下落場面でも売らない個人株主を株価の下支え要因と見なし、「個人株主対応の拡充をもっと進めてほしい」と話す機関投資家も増えてきたという。

実際、25年4月に日本証券業協会の「株主優待の意義に関する研究会」が公表した報告書でも、株主優待を導入する企業の方が株価のボラティリティー(変動率)が低いことや、PER(株価収益率)が高いことが言及されるなど、市場の風向きは変わり始めた。

「お客様こそ株主に」

「個人株主の比率をどれくらいまで引き上げたいか」。この問いに事業推進・ブランディング担当の尾島司執行役は「個人株主の比率は引き上げたいどころか、100%でいい」と言い切る。株式市場に上場するのは、理念の実行と持続的な企業活動のために規模が必要だから。そのために理念を理解して経済圏に参加してくれる人、すなわち「イオンのお客様にこそ株主になってほしい」(尾島氏)という考え方が根底にある。

イオンの尾島司執行役は「お客様株主は最も大事な存在。将来は200万人まで増やしたい」と話す(写真=イオン提供)

個人株主が増えればもちろん管理コストも増える。それを見越してIR(投資家向け広報)の効率化やデジタル活用も進めてきた。19年には、QRコードを読み取って議決権行使をすると、削減された郵送代の一部が植樹活動に充てられる「スマート行使」を導入。また、2年前から優待カード情報を事前に登録したアプリで提示できるようにした。

さらに現在は、個人株主と直接コミュニケーションを取るためのアプリも開発中だ。本来、企業は株主の名前と住所しか知ることができず、どんな人が自社の株を買ってくれているのかが見えにくい。株主の属性に加え、購買情報などを集めたデータベースができれば、「個人株主対応の可能性がさらに広がる」(ブランディング部・小林哲也部長)。

イオンの「お客様こそ株主に」という考えは極端に思えるかもしれないが、経営の中でIRを重要な要素の一つとして位置付けていることの表れでもある。ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは「IRを義務と考えず目的意識をもつことが重要。IRの巧拙によって資本コストが変わることを理解していない企業も多い」と指摘する。IRが優れた企業は投資家が安心して株を買えるため、資本コストが下がり、企業価値の増大にもつながる。

「近い将来、個人株主の数を200万人まで伸ばしたい」と尾島氏は意気込む。イオンは25年、21年ぶりの株式分割を発表。9月1日付で1株を3株にし、単元株を買いやすくすることで個人投資家のさらなる拡大を狙う。25 年度の個人株主数は 100 万人の大台に乗る見通し。

7月にショッピングセンターの開発・運営を担うイオンモールを株式交換によって完全子会社化したことで、さらなる増加も見込まれる。

株主をロイヤルカスタマーとして経済圏に巻き込み、事業でも資本戦略でもウィンウィンの関係をつくり出そうとするイオンの取り組みは、解なきIRの中で一つのモデルケースとなりそうだ。

(日経ビジネス 橋本真実)

[日経ビジネス電子版 2025年7月15日の記事を再構成]

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