(写真=ホンダ提供)

「不完全燃焼な人、ぜひホンダで働きませんか?」――。

ホンダの安田啓一人事統括部長は在阪企業の技術者に、そう語りかける。同社は4月、JR大阪駅北側に立つ複合施設に「ホンダソフトウェアスタジオ大阪」を開設した。在籍する約100人のうち、85%が関西圏の転職組だ。同拠点は2030年までに500人規模まで拡大する計画だという。

世界で電気自動車(EV)需要が鈍化する中、ホンダは5月に30年時点でのEV販売比率の見通しを3割から約2割に引き下げた。EVへの投資額も3兆円縮小。その一方で目玉として掲げたのが「ハイブリッド車(HV)」とソフトが車の性能を決める「ソフトウエア定義車両(SDV)」の強化だ。

ホンダが4月に開設した拠点「ホンダソフトウェアスタジオ大阪」。関西圏でのソフトウエア人材確保の拠点となる(写真=ホンダ提供)

SDV化でソフト人材が重要に

ホンダは運転支援技術「ナビゲート・オン・オートパイロット(NOA)」や「先進運転支援システム(ADAS)」を開発する。根幹となるソフト開発で30年度までに約2兆円、関連する人材の育成にも約150億円を投じる計画だ。

技術の商用化にも意欲的。27年からの4年間でSDV化したHVを世界で13モデル展開する。滞りなく計画を進捗させるため、ソフト開発人材の確保と育成が急務となる。

SDV市場は有望だ。ボストン・コンサルティング・グループは30年までに世界で6500億ドル(約96兆円)以上になると見る。多くのソフト人材を抱えるEV大手の米テスラや中国比亜迪(BYD)は競争優位性を保つが、国内の自動車メーカーはどこも人材確保に苦心する。

自動車メーカーは工学部出身者を中心に人材を採用してきた。そのためソフト開発に強い技術者が相対的に少ない。ソフト人材は他業種も切望しており、獲得が難しい。経済産業省モビリティDX検討会の資料によると、国内でSDV開発に必要なソフト人材の不足は25年に3.3万人、30年には5.1万人まで拡大する見込みだ。

自動車大手の人材争奪戦は熱を帯びる。トヨタ自動車は29年、品川駅周辺に新設する新東京本社にソフトや人工知能(AI)の開発拠点を整備。マツダも25年7月に麻布台ヒルズ(東京・港)に東京本社を移転し、ソフト拠点を併設した。

ホンダはソフト開発拠点を東京都品川区、さいたま市、名古屋市、福岡市に設置してきた。競合が首都圏の拠点を強化する中、なぜ大阪市に大規模な拠点を設けたのか。関西には大手電機メーカーの拠点が多く、優秀なソフト人材を採用しやすい。さらにホンダは「今こそ採用活動の好機」と読んだ。

在阪電機リストラの受け皿に

背景には在阪電機の業績不振と、それに伴うリストラがある。パナソニックホールディングス(HD)やシャープが近年、立て続けに人員整理を進めた。24年には船井電機が破産手続きを開始。25年5月、パナソニックHDはさらに約1万人の人員削減を発表している。

ソフト人材が多い地域であるものの、求人の需給がミスマッチしている。加えて、関西圏に居を構える40代以上のベテラン技術者も多い。JR大阪駅近くの拠点なら、在阪企業に勤めていたソフト人材が単身赴任せずに転職できる。ホンダの新拠点は、優秀な人材が再就職する受け皿となり得るのだ。

冒頭の安田氏は「関西は人材の宝庫。今は(採用の)チャンスでもある」と話す。24年に在阪企業からホンダに転職した社員は「関西には家電メーカーが多く、ソフト開発に打ち込んできたエンジニアの数も多い。幾つかの会社は経営がピークを越え、現場を失った『不完全燃焼なエンジニア』の転職需要は大きい」と語る。

ただ一つ課題がある。ソフトとクルマの関連がイメージしにくいため、「転職希望者の選択肢にホンダが入りにくい」(安田氏)のだ。ホンダは人事部門の予算を増やし、エージェントやヘッドハンターも使って転職希望者との接点も増やす。報酬水準も高める予定だ。

転職者がなじみやすいよう、大阪のスタジオは空間設計の専門家が工夫を凝らした。実機を動かしながら社員が議論できるスペースも構えるなど、創業時からホンダが掲げる自由な議論でアイデアを生み出すコミュニケーション「わいがや」に新拠点でも取り組む。

5月に開催したビジネスアップデートに登壇したホンダの三部敏宏社長。ハイブリッド車(HEV)の世界販売を現状比2倍以上の220万台に増やし、先進運転支援システム(ADAS)の強化を掲げた(写真=ホンダ提供)

ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表アナリストは「ホンダは『HVとNOAを組み合わせる』といち早く宣言した。トヨタに次ぐ技術競争力は十分にあるが、自前でどの程度まで実現できるのかは、未知数だ」と評する。

自動車産業は変革期にある。ソフト開発には優秀なエンジニアの知見が不可欠だ。関西発のひらめきが日本のSDV競争に一石を投じ、大阪がホンダのソフト戦略の震源地になるかもしれない。

(日経ビジネス 齋藤徹)

[日経ビジネス電子版 2025年8月22日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。