

ウォーレン・バフェット氏は説く。「欲しいのは『揺るぎない競争優位性』を備えたビジネスだ」。総合商社は国を問わず、分野を問わずに事業を作り出していく力がある。それを下支えしているのが業界の幅広い知識だけでなく、語学力や交渉力なども兼ね備えた人材だ。
「成績最優秀者は日本経済界でも突出した高給となる」。2024年9月上旬、伊藤忠商事の岡藤正広・会長最高経営責任者(CEO)の名前で書かれたとある書類がX(旧ツイッター)に流出し、大きな注目を集めた。
表題は「年収水準見直しについて」。当時、25年3月期見通しとして掲げていた連結純利益8800億円を達成した場合、部長級で最高4110万円、課長級で最高3620万円などに引き上げるとされていたからだ。
伊藤忠は25年1月に年収引き上げを正式に発表した。伊藤忠の年収は①毎月支給する固定給②個人評価や会社業績によって変動し、賞与に当たる変動給③株式報奨──の3つに分けられる。固定給は全社員2〜3%増額し、変動給は個人評価部分について最高評価を取った場合、標準評価の約4倍の金額がもらえるようにした。業績拡大と株価上昇へのやる気を高める株式報酬も倍増した。

最高水準の年収がもらえる社員は各階層合わせて計10人以上に上る。25年度の平均年収も24年度比で約1割増の2000万円前後になり、24年度の平均年収で2033万円だった三菱商事、1996万円だった三井物産に肩を並べる水準。また伊藤忠は、26年3月期連結純利益について大手5社の中でトップを目指しているが、「業績連動も踏まえ、実現すれば年収もトップになる仕組みだ」(伊藤忠の垣見俊之人事・総務部長)。
なぜ伊藤忠は年収引き上げに踏み切ったのか。それは従業員の満足度を見るエンゲージメントサーベイで「若手・中堅社員に対する働きがいの創出が不十分だ」といった課題が出てきたからだ。

同業他社だけでなく、外資系コンサルティング会社や投資会社などとも人材を取り合う中、課題を放置すれば、新卒採用や就職人気ランキングなどへ影響が及びかねない。垣見氏は「総合商社の財産は人しかない。『厳しくとも働きがいのある会社』を目指すためにも、メリハリをつけた処遇に改善することにした」と明かす。
年収引き上げ以外のアプローチも進める。若手社員の抜てきだ。
グループ会社の社長、33歳で
「正直かなり驚いた。こんなに早くこういうポジションに就けるとは思っていなかった」。伊藤忠グループでシステム開発のジーアイクラウド(東京・港)の鳥内將希社長は真情を吐露した。25年4月、伊藤忠からの出向で社長に就任したばかり。入社12年目で33歳だ。
ジーアイクラウドは21年設立で、米グーグルが提供する「グーグルクラウド」を基盤としたシステム開発を手掛ける。社員数は50人程度。「伊藤忠で当時の上司からは『売り上げと社員数を増やし、ちゃんと結果を出してこい』と言われている」(鳥内氏)。自身も重要な場面を見計らって部下と共に既存・新規の顧客との商談に参加する日々を過ごしているという。

総合商社は資本参画する事業会社に対し、社長や幹部として自社の社員を派遣するケースがある。業績が悪ければ立て直しを担い、好調であればさらなる成長を目指すために粉骨砕身していく。
一昔前の伊藤忠では社長として出向するには経験が必要で、40歳を超えたあたりが一般的だった。ただ垣見氏は「外資系企業では30歳前後で権限を与えられてチャレンジできる環境があり、そっちに行ってしまう若手社員もいる」と話す。そこで人事制度を一部変更し、若手社員を登用しやすくした。
伊藤忠に限らず、語学力や交渉力などを備えた人材が足元の商社各社の好業績を支えている。人材争奪戦の中、当然、それぞれが待遇改善に余念がない。バフェット氏から見ても商社パーソンは魅力的に映るだろう。
(日経ビジネス 高城裕太)
[日経ビジネス電子版 2025年9月3日の記事を再構成]
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