スカパーJSATのスペースインテリジェンスFTでは画像解析の専門家が衛星データを分析し、顧客の要望に沿った画像データで加工してインテリジェンスとして販売する(写真=小林淳)

2025年1月、埼玉県八潮市で突然道路に穴が開く陥没事故が起きた。下水道管の破損が原因とされ、トラックが転落した。国土交通省によると、国内の道路陥没の発生件数は年1万件に上り、インフラの老朽化に伴い深刻化している。

こうした事故を衛星から地球を見た「宇宙の目」を使って未然に防ごうとしているのがスカパーJSATホールディングス(HD)だ。

使うのは「SAR衛星」と呼ぶレーダー衛星。マイクロ波を地表に向けて照射し、その反射から地表の様子を観測する仕組み。ミリ単位で地表の変化が分かる。

16年に大規模な陥没事故が起きたJR博多駅周辺の事故前を解析したところ、1年間で約20ミリメートルの地面の沈下を確認した。定期的に地表の変化を計測すれば、事故の兆候をつかめる可能性がある。

道路の陥没事故が起きる前のJR博多駅前の衛星写真。赤い四角が陥没事故が起きた場所。青い点で示した箇所で地面の沈下が確認された(写真=スカパーJSAT提供((c)LIANA (c)Mapbox (c)Open Street Map Improve this map (c)Maxar (c)Original ALOS-2 data provided by JAXA Tellus Satellite Data Master is used.))

宇宙の目はレーダーだけではない。カメラを載せた光学衛星は50センチメートル単位で地表を撮影する。このほかに地表温度や航空機や船舶の位置など様々なデータが取れる。

解析を担当するスカパーJSATのスペースインテリジェンスFTでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)出身者など約10人の専門家がこうした衛星データを分析。防災や保守点検、安全保障など目的に合わせた画像に加工し、顧客の意思決定に役立てるインテリジェンスとして販売している。

衛星データを扱う競合は少なくないが、穴原琢摩・開発統括責任者は「人工知能(AI)を使った解析や独自のアルゴリズムによる高速処理など、工程を内製化している点が強みだ」と強調する。衛星画像は鮮明なほど高額であり、コストが普及の壁だった。解析技術の進歩で少ないデータ量で欲しい情報が得られるようになり、例えば8000万円かかった日本全体の画像解析は100万円でできるようになった。

穴原氏は「将来は土砂崩れや船舶の事故、海外での暴動など顧客のいち早く知りたい情報が発生から数分後に分かるようになる可能性がある」と話す。

観測衛星10機打ち上げ

スカパーJSATは25年2月、この衛星データを使った地球観測ビジネス「スペースインテリジェンス事業」に本格参入すると発表した。主力の衛星通信を中心とする宇宙事業と、有料多チャンネル放送「スカパー!」のメディア事業とともに第3の柱に育てる考えだ。

27年までに米衛星大手プラネット・ラボが開発する低軌道の観測衛星「ペリカン」を10機打ち上げる。スカパーJSATは通信や放送に使う高軌道の静止衛星を17機保有しているが、観測衛星の保有は初めて。ペリカンは世界最高水準の30センチメートルの解像度を誇り、総投資額は約340億円だ。

スカパーJSATが打ち上げを予定する低軌道観測衛星「ペリカン」のイメージ図(写真=スカパーJSAT提供((c)Planet Labs PBC))

複数の衛星を一体運用する「コンステレーション」を自前で構築することで、指定の場所を1日に複数回撮影できるようになる。米倉英一社長は「まずは安全保障分野による官需で実績を積み上げながら民需を開拓していきたい」と話す。

フランスの宇宙コンサルティング会社ノバスペースによると、地球観測データ市場は30年に約1兆円へ成長する見通し。現在は約4割が安全保障分野の利用だ。これまではプラネット・ラボなど外部企業から衛星データを購入していたが、利用は自国の政府が優先されるため、日本が安全保障で使いたい場合に欲しいデータが取れない懸念があった。

スカパーJSATの宇宙事業とメディア事業は売上高ではともに650億円前後と半々だが、利益ベースでは宇宙事業が8割近くを稼ぐ。今後はスペースインテリジェンス事業に力を入れ、31年3月期に事業利益70億円を目指す。

米モルガン・スタンレーによると、40年の宇宙ビジネスの世界市場は約150兆円超に成長する見通し。大型ロケットでは米スペースXが独り勝ちの様相だが、日本勢に勝ち筋はあるのか。一般社団法人SPACETIDE(スペースタイド、東京・港)の石田真康代表理事は「ロケットや衛星など大がかりなインフラは米国が強いが、日本は衛星による観測などインフラを利用したアプリケーション作りが得意だ」と話す。

宇宙ビジネスは大手製造業だけのものでなはく、アイデア次第で多くの企業が挑戦できるようになった。かつてのインターネットのように、スカパーJSATは衛星を通じて宇宙ビジネスの可能性を押し広げようとしている。

(日経ビジネス 阿曽村雄太)

[日経ビジネス電子版 2025年9月1日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。