米ニューラリンクは、神経信号を測定する微細な糸を脳に正確に挿入するための専用ロボットを自社開発した=同社サイトより
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載しています。

2025年に入り、「ブレーン・コンピューター・インターフェース(BCI)」の商用化が急速に進んでいる。

BCIとは、神経活動を読み取り、コンピューターやロボット義肢など外部システムと脳が直接コミュニケーションできるようにする技術だ。この分野の25年に入ってからの資金調達額は8億6700万ドルと既に前年通年の3倍に上り、過去最高に達している。米ニューラリンク(Neuralink)がシリーズEで、企業価値97億ドルで6億5000万ドルを調達したことが寄与している。

臨床での検証も活発化している。BCIを使う臨床試験(治験)70件以上が、患者を募集中だ。さらに、米プレシジョン・ニューロサイエンス(Precision Neuroscience)は3月、神経外科手術の脳機能マッピングでのBCI使用で、米食品医薬品局(FDA)から初の認可を得た。規制面の画期的な進歩を達成した。

BCIは研究段階から実用段階に移り、医療に加え、人間とコンピューターの相互作用でも新たな機能を可能にしている。この分野の勢力図を理解するため、CBインサイツのモザイクスコア(企業の健全性と勢いを測定する独自スコア)に基づいて主要企業を分析した。

商用化を急ぐ主なBCIスタートアップ。出所:CBインサイツ

埋め込み技術と精密な製造能力が実用化一番乗りの決め手に。BCIスタートアップは脳外科手術の安全性に対する懸念を踏まえ、手術の方法で差異化を図っている。ニューラリンクは神経信号を測定する微細な糸を脳に正確に挿入するため、専用ロボット「R1」を自社開発した。一方、米シンクロン(Synchron)は血管を通じて電極を挿入する方法を編み出し、開頭手術を不要にしている。

各社は外科的なイノベーションだけでなく、微細なデバイスを精密に製造し、医療グレードの基準に適合できることも実証しなくてはならない。このため、プレシジョン・ニューロサイエンスは米テキサス州にある面積2万2000平方フィートの微細加工工場を取得した。中国の階梯医療(StairMed)は医療グレード品を製造するため面積2000平方メートルのGMP(適正製造規範)準拠施設を建設した。安全な埋め込み技術と量産技術を習得した企業は、認可を得る位置に付けるだろう。

神経信号を解読するアルゴリズムが市場での成否を左右する。BCI企業はデバイスを安全に埋め込むだけでなく、神経活動を読み取って有用な出力に変換しなくてはならない。大半の神経解読アルゴリズムは動物データと脳波の測定値を使っているが、性能を向上するには脳に埋め込まれたデバイスから収集した実際のデータが不可欠だ。こうしたデータのギャップから、プレシジョン・ニューロサイエンスのような規制の認可を得ることは極めて重要だ。デバイスを大々的に展開すれば、アルゴリズムの改善に必要な神経データを収集できるようになるからだ。

BCI企業は人工知能(AI)の壁にも直面している。特に規制の認可を得るための説明可能なアルゴリズムの開発と、神経信号を有用なデータに変換する適切なインフラが難題となっている。シンクロンは3月、AIインフラを使って神経信号をリアルタイムで処理する基盤モデル「Chiral」を開発するため、米エヌビディアと提携した。この提携が示すように、こうした技術的難題に対処するにはAIの専門知識が必要だ。AI企業と提携したり、大手テック企業から人材を採用したりする企業が、課題の解決で優位に立つだろう。

テック界の富豪や既存大手はBCI企業に出資し、医療への応用と未来の可能性に賭けている。実業家イーロン・マスク氏がニューラリンクを設立しただけでなく、テック業界の他のリーダーもこの分野にひそかに投資している。ジェフ・ベゾス氏が設立したベンチャーキャピタル(VC)ベゾス・エクスペディションズ、ビル・ゲイツ氏の同ゲイツ・フロンティア、米有力VCコースラ・ベンチャーズは22年、シンクロンに出資した。テック界の著名投資家ピーター・ティール氏は21年に米ブラックロック・ニューロテックに直接投資し、米有力VCアンドリーセン・ホロウィッツは米エコー・ニューロテクノロジーズ(Echo Neuro Technologies)のシリーズA(調達額5000万ドル)でBCIに初めて投資した。投資家らは患者ケアの変革に加え、非言語コミュニケーションや認知機能強化、思考による機械の操作などBCIの未来の用途を有望視している。

技術提携では既にこうした広範な用途に挑んでいる。米アップルはシンクロンと提携し、麻痺の患者が思考でiPhoneを操作できるようにする技術を共同開発している。一方、米IBMはフランスのインクルーシブ・ブレーンズ(Inclusive Brains)と神経データの処理で提携した。こうした動きは、BCIが医療機器から人間の能力を強化するコンピューティング基盤に進化する可能性を示唆している。

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