

TOTOは米ジョージア州の製造工場に新棟を建設し、先端の自動化技術を取り入れた生産ラインを今秋に稼働させる。約300億円を投じ、トイレなど衛生陶器の生産能力を1.5倍に高める。不動産市場の低迷で構造改革を迫られる中国に代わり、米国での成長を狙う。
田村信也社長は2018〜21年春まで役員として米国に駐在し、25年4月に社長へ昇格した。「米国の消費者は可処分所得が高く、1つの家に3つも4つもトイレがある。将来性に期待できる」と語る。
それでも過去最大規模の投資であるだけに「社内で(計画案が)二度、蹴られた」と田村氏は明かす。これまで一部の製品を東南アジアなどから輸入していたが、新たな生産ラインの稼働により、顧客の需要に対応しやすくなる。トランプ関税の影響を軽減する意味でも重要な一手となる。

日本では、分かれている便器とタンク部分をくっつけたツーピース型トイレが一般的だが、米国では胴体部の便器とタンク部が一体の「ワンピース型」が人気で、新たなラインでも主にこのタイプをつくる。
米国はバスルームにトイレがあることが多く、空間が日本より広々としている。トイレの形状が目に付きやすく、消費者がデザイン性を求める傾向が強い。そのため「アジアではあまりお目にかからない」というワンピース型が人気となっている。

今回の新棟建設は、TOTOが米国で製造業として生き残るために避けられない挑戦でもある。製造業優遇の姿勢を示すトランプ政権だが、超えるべき高いハードルが複数あるからだ。
その1つが高い人件費。TOTO USAの新竹誠治製造本部長は「人件費が上昇する米国で製造業としてやっていくためには、生産性の向上は必須の課題だ」と語る。
新ラインで力を入れるのは自動化だ。従来のワンピース型は胴体とタンクを人の手で接着してつくっていたが、新ラインには最新鋭の接着ロボットを導入した。製造プロセスを追うICチップやQRコードを製品に取り付けることで、生産技術を高める取り組みもする。重い製品を運ぶIHI製の無人搬送機も6台、導入した。
もちろん全てが自動化できるわけではなく、人の作業は残る。加えて「自動化のベースになる職人技が必要」(田村社長)になる。
そもそもワンピース型は製造難度が高い。乾燥前の柔らかい胴体とタンクの接着工程では、寸法の個体差を踏まえながら最適な位置を見いださなければ形状が崩れる恐れがある。衛生陶器は成形した胴体とタンクを接着した後、乾燥や焼成の工程で大きさが計13%ほど縮む。大きく重いワンピース型はストレスがかかり、ひびなどができやすい。
職人の技術を機械に仕込んでこそ、歩留まりが高まる。そのため、当初は新棟ではなく別の土地に新工場を建設する案もあったが、経験値が高い従業員がそろう地域に新棟をつくるという結論に至ったという。
アマゾンとコストコで売れるウォシュレット

米国では温水洗浄便座「ウォシュレット」の販売に勢いがある。1986年に販売が始まった当初は苦戦したが、2010年代にインフルエンサーのSNS投稿で潮目が変わった。16年にインターネット通販のアマゾン・ドット・コムで販売を開始、19年にはその好調さを認識した会員制量販店コストコでも販売が始まった。新型コロナウイルス禍でトイレットペーパーが不足したことも後押しした。
開拓余地もなお大きい。TOTO USAの従業員ですら「入社前はウォシュレットを使ったことがない人がほとんど」(新竹製造本部長)で、公共の場ではほとんど見かけない。米国の一般住宅における普及率は3%程度とTOTOは推計している。
米州でのウォシュレット販売台数は、普及率が8割超の日本の3分の1に達し、ポテンシャルは大きい。ウォシュレットがTOTOのブランド認知度を高めれば、ワンピーストイレの販売増にもつながると見込んでいる。
普及のカギは「一度体験してもらうこと」(田村社長)だ。米国に200カ所以上あるショールームには、商品を展示するだけでなく実際にウォシュレットを使える「ワーキングバスルーム」を設けている。高級ホテルなどを開拓しつつ、日本への旅行でウォシュレットを知った人を狙って、SNSやメールで販促も打っている。
中国は劇的な回復を望めない

これまで海外事業の中心だった中国事業は苦境に陥っている。不動産市場と景気の低迷で、地元企業を含めた低価格競争が激化。海外事業の稼ぎ頭だった中国での売り上げと利益は低下し続けている。TOTOは構造改革に踏み切り、26年3月期に製造2拠点を閉鎖し、約150億円の特別損失を計上する。
田村社長は「中国は結婚しない人が増えており、これから劇的に状況が回復するとは想像しづらい」と話す。米国も住宅ローン金利の高止まりで住宅市場は好調とは言い難いが、ウォシュレットやワンピーストイレは向かい風にあらがっている。
供給網への挑戦
潜在力は十分な米国だが、製造業が生き残るためのもう一つの課題がサプライチェーン(供給網)だ。ワンピーストイレと同じく人気上昇中のウォシュレットは米国で生産しておらず、マレーシアとタイから輸入している。
田村社長は「米国事業を伸ばすために、ウォシュレットの米国生産も検討することになるだろう」と話すが、米国内で必要な電子部品の調達が確保できずに踏み切れていない。
米国で引き合いが強い高級タンクレストイレ「ネオレスト」も同じ課題を抱える。新竹製造本部長は「将来的にはこの工場でネオレストの製造にも取り組みたい」と意気込むが、小さい胴体に部品を収める必要があり、現地調達できる部品の質や組み立てコストの低減といった課題をクリアしなければならない。
TOTOは30年にグループ売上高1兆円以上を目標に掲げる。カナダやメキシコを含む米州の売上高は1000億円超は必要になるとみられている。人件費の上昇、職人技と自動化の融合、そして良質なサプライチェーンの構築。米国でのものづくりにおけるハードルを乗り越えれば、目標達成も見えてくる。
(日経BPニューヨーク支局 鷲尾龍一)
[日経ビジネス電子版 2025年9月3日の記事を再構成]
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