写真=ロイター

アシックスが競技大会でのランニングシューズのシェアを伸ばしている。9月13日から開催された陸上の世界選手権東京大会のマラソンで結果を示した。同社の調査によると女子では3割超、男子では4割近くの選手がアシックスのシューズを着用し、東京を駆け抜けた。2024年のパリ五輪からさらにシェアを伸ばし、トップの座を固めたもようだ。

男子マラソンにおいては銅メダルを獲得したイタリアのイリアス・アウアニ選手が着用。トップ20位においては12人がアシックスのシューズを履き、5割以上の着用率に達したようだ。日本人選手では女子で7位に入賞した小林香菜選手、男子では11位に入った近藤亮太選手と、男女ともに日本人の最高順位を獲得した選手が着用した。

ただ、一時は厚底シューズの波においていかれ、着用率が低迷した時期もあった。アシックスはいかにトップ選手たちの支持を得ていったのか。トップアスリート向けのシューズ開発に携わるプロジェクト(Cプロジェクト)のリーダーを務め、アシックススポーツ工学研究所の所長も兼務する竹村周平氏に、大会期間中に話を聞いた。

竹村周平(たけむら・しゅうへい) 1978年生まれ。兵庫県神戸市出身。 2001年にアシックスに入社し、フットウエア統括部でサッカーシューズやランニングシューズの開発を担当。 一貫してシューズ開発のキャリアを積み、20年1月よりCプロジェクトのリーダーとしてトップアスリート向けのシューズ開発に携わる。​ 25年1月からスポーツ工学研究所の所長に就任

――世界陸上が始まって3日がたちました。契約選手の活躍やシューズの着用率をどのように見ていますか。

「今のところ、狙っている競技でしっかりと結果を出せています。男子マラソンではアシックスと個人契約をしているアウアニ選手が、最後まで競り合って銅メダルを獲得しました。女子は表彰台は取れませんでしたが、契約選手が上位に多く入りました」

「特にマラソンにおいては、アシックスのシューズを履いていただいているアスリートが増えてきています。我々の調査だと当社の着用率は男女とも30%を超えました。おそらくトップシェアだと思います」

――着用率が上がったのは、どのような点が評価されたからだと思いますか。

「今までの積み重ねがいい方向に出てきているのかなと思います。我々のシューズをアスリートが着用して、大きな大会で表彰台を取れている影響が大きいのではないでしょうか」

「今もこの近くの会議室で選手からフィードバックをもらっています。基本はやっぱりポジティブな意見が多いのですが、そんな中で課題も教えてもらいます」

「改善点をもらうことも、ものすごくあります。選手は『グッド』と言っても、『いやいや、何かあるでしょ』と聞いて、そこから意見を引き出すようにしています。そこが我々としては一番大事なところかなと思っています」

研究メンバーにも選手の感情に接してもらう

――どんな人が選手から直接フィードバックを受けているのですか。

「開発メンバーとスポーツ工学研究所のメンバーが立ち会います。私が1月から研究所の所長も兼ねるようになってからは、研究メンバーに立ち会ってもらう機会を増やしました」

「選手の感情や思いは、文章だけでは伝わらないところもあります。研究メンバーには、自分で聞いて納得した方がいいので、どんどん外に行きましょうと言っています」

「プロフェッショナルなアスリートは、戦うギアを今日にでもすぐほしいという気持ちがあります。そういう気持ちに、材料開発や戦略などの研究所メンバーも接してもらいます」

「そうすると、やはり自分事として捉えるようになります。直接話すと親身になりますからね。アスリートから『ワオ』をもらって、研究所のメンバーに小さなガッツポーズをつくっていきましょうと。そうしたいい関係をつくっていきたいと思います」

――世界陸上用に発売したモデルはどのような点が変わりましたか。

「(トップ選手向けモデルの)メタスピードにはストライド走法向けの『スカイ』とスピッチ走法向けの『エッジ』というタイプがあり、従来の185グラムから今回は170グラムまで軽くしました」

「より軽さを出すためにソール部分に柔らかくもあり、反発性も上げた新しいフォーム材を採用しました。アッパーのメッシュでも糸を強いものにして密度を減らすなどして、全体的に軽くしたことが一番大きいです」

「選手のフィードバックの中で、『これも好きだけど、すごく軽いのも試してみたい』という声があり、『レイ』という軽量性に特化したモデルも用意しました。サイズ27センチで約129グラムまで軽くすることができました」

「レイが一番上ではなくて、3つ選択肢があり、そこからあなたの走りに合ったものを選んでください、というスタンスです」

世界陸上の女子マラソンで7位に入賞した小林香菜選手。ピッチ走法に適したアシックスのシューズを着用した(写真=アシックス提供)

「近藤選手がスカイで小林選手がエッジです。小林さんはエッジがぴったりですよね。近藤選手もすごく粘ってました。抜き合っているのが契約選手同士だと複雑な感じがしました」

「Cプロジェクトの発足当時は、勝てるモノがなかったら紹介しないよと言われていましたが、そこはもう流れが変わってきているなと思います」

選手からのあだ名は「ミスター・キットカット」

――短距離でも厚底への流れがありますね。

「短距離のレギュレーションとして厚みの規定はあるんですけども、この厚いタイプを履きこなせるアスリートが結果を出しているかなと思います」

「反発を生かして、パフォーマンスを上げていくっていうことに取り組んでいます。この大会に合わせて新商品を出しました」

「今回、男子100メートルの予選でも桐生祥秀選手も含めて6人のアスリートに履いてもらいました。いい結果が出るように、選手たちからフィードバックを受けています」

女子1万メートルで銀メダルを獲得したイタリアのナディア・バットクレッティ選手(写真=アシックス提供)

「トラックでの長距離のスパイクにも力を入れています。女子1万メートルで銀メダルを獲得したイタリアのナディア・バットクレッティ選手とレース後に話したら『ブリリアント!(素晴らしい)』と言ってもらえました」

「ただ、ちょっと怒られまして。いつも僕は選手たちに会う時は(チョコレート菓子の)キットカットをプレゼントしているのですが、その日は手持ちを切らしまして。『今日はキットカットを持ってきてない』って言ったら、『それはダメだよ』って笑って言われました」

「24年のパリ五輪でもスーツケースの半分はお土産のお菓子でした。選手からは『ミスター・キットカット』と言われます。抹茶味を持っていくと間違いありません」

アフリカで選手の家族とダンス

――アフリカに選手育成のキャンプをつくっていますね。

「今回はちょっと結果が出なくて残念だったんですけど、マラソンのケニア代表が男女計6人中のうち3人がアシックスを履いてくれていたので、そこは大きく変わったのかなとは思います。3人は当社がつくったケニアのキャンプで切磋琢磨(せっさたくま)した選手たちです。本当に皆さん一緒に成長できたなと思います」

「23年、ケニアに2つ目のトレーニングキャンプをつくりました。選手が増えてきたので、さらに標高が高い場所にキャンプをつくったのです」

「地面もすごくきれいなんです。ただの赤土なのですが、全然違うのです。僕はあれを踏んだ時は感動しました。片栗粉というか。柔らかいんですけど、柔らかすぎないっていうか。すごいキュッとしていて、足にいいなと思います」

「選手とのコミュニケーションも積極的に取っています。選手の自宅に呼ばれて、選手の家族たちとダンスをして盛り上がることもありました」

何人ぐらいがキャンプに在籍しているんですか?

「合計で40人ぐらいで、20代の若い選手が中心です。25年の東京マラソンでは男女の表彰台のうち2人は、キャンプ出身でした。私だけではなく、Cプロジェクトのメンバーも定期的にキャンプを訪れ、選手たちとのコミュニケーションを大事にしています」

(日経ビジネス 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2025年9月18日の記事を再構成]

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