閉鎖された日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区。現在は跡地の解体が進められている=広島県呉市で2025年10月15日午後0時26分、安徳祐撮影
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 防衛省が大規模な防衛拠点の整備を計画している広島県呉市の市長選が9日、投開票される。戦後、海上自衛隊の「基地の街」として栄えたが、近年は深刻な人口減少に直面し、商店街はシャッターを下ろしたままの店が目立つ。市民の間では有事の際の攻撃対象となることを不安視する声が一部で上がるものの、新たな防衛施設がもたらす経済効果への期待が大きく、計画の是非はほとんど争点になっていない。

かつては「東洋一の軍港」

 呉市では日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区が2023年9月に閉鎖。協力会社を含めて約3300人の従業員がいたため、雇用や地元経済への不安が広がった。

 24年3月、防衛省は跡地約130ヘクタールを一括購入し、「多機能な複合防衛拠点」を整備する意向を表明した。無人機の製造整備や火薬庫などを配置する計画だ。

閑散とする呉市中心部の商店街=広島県呉市で2025年11月5日午後2時27分、安徳祐撮影
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 呉はかつて「東洋一の軍港」と称され、海軍の拠点だった。太平洋戦争末期には米軍による空襲の標的になった歴史がある。有事に再び巻き込まれないか、一部で不安の声が上がったが、新原芳明市長(75)は今年5月、計画受け入れを表明。防衛省は7月、日鉄と土地の売買契約に向けた基本的事項に合意した。

 そんな中で行われる市長選に立候補したのは現職と新人の計4人。3選を目指す新原氏は「(防衛拠点は)日鉄を上回る雇用が期待できる」、元衆院議員秘書の能勢泰人氏(57)は「(関連する)新規産業で3000人規模の雇用を創出する」、元総務省官僚の杉田憲英氏(56)も「防衛拠点は日本の安全につながる」といずれも賛成の立場だ。告示直前に出馬表明した元陸上自衛官の東国裕氏(75)だけが「兵器で街を活性化させてほしくない」と反対の姿勢を示している。

地域経済活性化に期待

 防衛拠点が争点とならない背景には、急激に人口減少が進む中、地域経済活性化の起爆剤になるのではという淡い期待がある。市の人口は今年、20万人を下回った。05年3月の約25万人と比べ、約20年間で2割以上減ったことになる。ある陣営の関係者は「防衛拠点整備に反対する声はほとんど聞かれない。それだけ呉が衰退しているということだ」と語る。

閑散とする呉市中心部の商店街。シャッターを下ろしたままの店が目立つ=広島県呉市で2025年11月5日午後2時25分、安徳祐撮影
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 JR呉駅近くの商店街は昼間でも人通りがまばらだ。市内で喫茶店を営む東聖子さん(55)は「同業者は次々と閉店し、うちもいつまで続くか分からない。(防衛拠点整備で)地元で働く人が増えれば、客も増えるはず」と期待を寄せる。

 高度経済成長期は鉄鋼業や造船業で栄えた呉市・吉浦地区の吉浦本町商店街は10月、老朽化したアーケード(長さ約141メートル)の維持管理が困難になり、撤去された。最盛期は約35店が軒を連ねたが、現在は8店ほど。藤原健志組合長(76)は「地域に若い人がほとんどいない」と嘆く。

 整備計画に反対する市民らで作る「日鉄呉跡地問題を考える会」は昨春以降、市内各地で街頭活動を続けている。共同代表の西岡由起夫さん(70)は「足を止める人は少なく、手応えが全くない」とため息をつく。同会は市長選で独自候補の擁立を模索したが、断念した。

 告示前の10月末、4候補者が出席した公開討論会で中心となったテーマは経済や雇用対策だった。傍聴した市内の女性保育士(63)は「整備計画についての議論もなく、市全体が賛成の空気で進んでいる。これが未来に責任を持てる選択なのか」と不安を口にした。【安徳祐】

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