(画像:Yassine/stock.adobe.com)

企業の現預金に厳しい目線が向けられている。金融庁は6月、企業統治の指針であるコーポレートガバナンス・コード(CGコード)を5年ぶりに改訂する方針を示した。企業の「現預金抱え込み」(キャッシュ・ホーディング)という問題に踏み込んだことが注目を集めている。

東京証券取引所や官庁によるガバナンス改革ではこれまで、自己資本利益率(ROE)や株価純資産倍率(PBR)といった指標が俎上(そじょう)に上がってきた。金融庁が今回、課題意識を示したことで、次は「現預金抱え込み」がガバナンス改革の焦点になる可能性がある。

現預金の抱え込みの是非が問われそうな企業はどこか。アクティビスト(物言う株主)やプライベート・エクイティ(PE=未公開株)ファンドが注目する、ある1つの指標でランキングを作成して分析した。それは、企業価値(EV)をEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)で割った指標「EV/EBITDA倍率」だ。

営業利益に減価償却費を足し戻すなどして計算するEBITDAには、本業で稼ぐ現金である営業キャッシュフローに近い性格がある。そのため、EV/EBITDA倍率は「その企業を買って資金回収できる期間」(アクティビストファンドの米サファイアテラ・キャピタルを運営する細水政和氏)を簡易的に示す指標と言える。

後で見るように、EV/EBITDA倍率は、現預金を抱え込むと倍率がさらに低くなる性質がある。単なる自己資本比率よりも、企業の収益力も加味して割安さを評価できる点に意味がある指標だ。

今回、プライム上場企業(金融除く)を対象にEV/EBITDA倍率のワーストランキングを集計した。最下位となったのが、総合人材サービスで国内3位のパソナグループだった。

独自集計の「割安企業」30社を一覧に

ファクトセットの集計によると、パソナグループのEV/EBITDA倍率はマイナスだが、「マイナス200億円」というプライム上場企業としては異例の企業価値が根幹にある。これほどまでに評価が低くなったのはパソナが抱える現預金が背景にある。

企業価値の計算式はこうだ。まず、株式価値(時価総額)と有利子負債を合計する。そして、現預金や有価証券といった現預金相当物を差し引く(厳密にはさらに少数株主持ち分なども調整)。つまり、現預金が多ければ多いほど「EV/EBITDA倍率」の分子にあたる企業価値は小さくなる。

パソナグループの場合、時価総額と有利子負債の合計は直近で1100億円程度。ファクトセットによると、それに対して現預金相当額が約1400億円ある。だからこそ上場企業として異例の「企業価値マイナス」の状態になった。

パソナは連結子会社として持っていた福利厚生代行大手のベネフィット・ワンを2024年5月期に売却。約1150億円のキャッシュを得たことが皮肉にも現在の企業価値に響いた。「得られた資金は、中長期的な企業価値の向上を目的に新規事業投資や設備投資、M&A投資など成長のための投資に充当するとともに、経営基盤の強化及び株主還元の実施を計画している」とパソナは説明する。

こうした割安さに最も注目するのはアクティビストだ。「パソナグループに投資した一番の理由は、まさに現預金抱え込みの問題があったためだ」。日本生命保険を経て、アクティビストのファンドを英国で立ち上げた松橋理氏はそう明かす。関連ファンドを通じて、0.76%の議決権を得ているという。

パソナの株主構成を見ると、創業者や関連会社が株式の45%超を所有し、安定株主が盤石な体制だ。だが、香港のアクティビスト、オアシス・マネジメントもパソナ株の5%を取得し大量保有報告書を24年7月に提出するなど、株主との緊張感は高まっている。

自動車業界ではマツダがランクイン

大型株では4位にマツダがランクインした。集計時点のEV/EBITDA倍率が1を切る水準だった。単純化すると、1年分のEBITDAでマツダの買収資金がまかなえ、おつりが出る計算になる。25年3月期は現預金相当額が2年前の1.7倍増の1兆2000億円超にまで増えていた。そんな中でトランプ関税の影響を受けて時価総額が25年3月に急落したことが響いた。

今回、ランクインした上位30社のPBRは平均0.8倍。割安な企業価値に、過大な現預金が重なり企業価値が低迷し、小さなEV/EBITDA倍率になっている様子が浮かぶ。

金融庁も企業に眠る現預金に課題意識を向ける今、企業の現金保有への目線が和らぐことはなさそうだ。経営者は自社のキャッシュアロケーション(資金配分)を示し、投資家から賛同を得ることができるか。成長投資か自社株買いか、その使い道が一層厳しく問われることになる。

(日経ビジネス 八巻高之)

[日経ビジネス 2025年10月9日の記事を再構成]

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