
独立系ベンチャーキャピタル(VC)のコーラル・キャピタルは18日、人事労務ソフトウエアを手がける新興企業のSmartHR(スマートHR、東京・港)の株式の一部を146億円で米投資会社に譲渡したと発表した。投資家間で売買する「セカンダリー(2次流通)」を用いた取引で、日本では最大の規模となる。海外で主流のセカンダリーが日本で広がれば、新興企業が柔軟な資本政策をとれるようになる。
今回、コーラルはセカンダリー取引の手法を使って、米大手投資会社のジェネラル・アトランティック(GA)に株式を譲渡した。GAは語学学習アプリの米デュオリンゴなど成長株への投資に強いことで知られ、運用総額は6月末時点で1140億ドル(約17兆円)にのぼる。GAが日本のスタートアップの株式を取得するのは初めて。
GAのマティーン・エスコバリ共同代表は「2年前から日本では『起業家精神のルネサンス』が起きているとの仮説を立て、高い野心のある企業を探してきた」と話す。「100社以上と面談したなか、スマートHRは企業からの採用率が高いだけではなく、HRテック業界をけん引する存在になる」と期待を示す。
スマートHRは法人向けにクラウド型の人事・支援ツールを販売する。日本経済新聞の調査によると推計企業価値は約1800億円に達し、2030年に売上高1000億円を目指すなど、国内でも有数のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)として知られる。
今回、コーラルとGAがセカンダリーの手法を使った取引を実施したが、スマートHRに直接お金が入るわけではない。それでもスマートHR創業者の宮田昇始氏は「セカンダリーが普及することは、スタートアップエコシステム(生態系)にとって大きな意味がある」と話す。新興企業の資本政策や出口戦略の柔軟性が増すからだ。
スタートアップ投資には大きく分けて二つの形態がある。
一つはVCなどの株主を引受先として、スタートアップなどの企業側が新株を発行して調達する「プライマリー(1次流通)」と呼ばれる手法だ。返済義務がなく、自己資本比率を高められるメリットはある。
ただ、企業側は株の希薄化に向き合う必要があるほか、資金の出し手であるVCの運用期間は一般的に10年程度とされることが多い。そのため運用期限を目前に控えたVCが企業に対して新規株式公開(IPO)など出口戦略を求めることが多く、日本では時価総額の小さいまま上場する「小粒IPO」の要因ともされてきた。

セカンダリーの手法を使えば、VCがファンドなどに譲渡できる。既存の株主は保有する株式を現金化できるため、結果、企業側が出口戦略を焦らずに適切なタイミングで設定できる。また、ストックオプション(株式購入権)を持つ従業員が自身のライフスタイルに合わせて現金を得られるようにもなる。
コーラル・キャピタルのジェームズ・ライニー最高経営責任者(CEO)は「スマートHRに初期から投資をし、今回の譲渡で6倍以上のリターンを見込んでいる。引き続き同社の残りの株式を保有していく」と話す。コーラルは譲渡によって得た資金をファンドの出資者に対してリターンとして返し、次のファンドの組成につなげる。
資金調達などを支援するスマートラウンド(東京・千代田)によると、世界のセカンダリー市場は1200億ドル(約18兆6000億円)規模に達する見込み。米オープンAIや米スペースXも数千億円にのぼるセカンダリー取引を実施している。一方、日本ではかつて未公開株の投資詐欺などが横行したことで、セカンダリーの活用が限られていた。
スタートアップは自社の成長に向けて、適切な資本政策をとることが欠かせない。国内スタートアップの出口戦略はIPOに偏っているが、セカンダリーの普及をはじめ多様な手法を組み合わせることで、スタートアップの成長を下支えすることにもつながる。
(大西綾)
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