水ですすぐだけで汚れが落ちる「メリオールデザイン」の食器
多くの企業に求められるイノベーション。ただ、才能や経験豊かな一握りの人材でなければ起こすことは難しいと思われがちです。いわゆる「普通の人」や「普通の会社」でもイノベーションを実現できるようになるためのヒントを3回の連載で紹介します。

大手レストランの8割が導入

一枚の不思議な皿がある。油分の多い食材を盛りつけた後でも水ですすぐだけで汚れが落ち、乾かせば再び使用できる。デザイン会社のDG TAKANO(東京・台東)が2023年に表面改質技術を取り入れて開発したブランド「meliordesign(メリオールデザイン)」の食器だ。

メリオールデザインはDG TAKANOが「デザイン思考」と呼ばれるイノベーション創出の手法を用いて開発した製品。一体どのようなプロセスから生まれたのだろうか。

DG TAKANOの代表を務める高野雅彰さんは大阪府東大阪市出身。実家は金属加工会社を経営していた。高野さんはIT(情報技術)企業に就職した後「ベンチャー型事業承継」と呼ばれる方法で、家業の強みを生かして起業した。

DG TAKANOの高野代表

起業してすぐ、09年に開発したのが最大95%という節水率と洗浄力を両立した蛇口用の節水ノズル「Bubble90」だ。精密金属加工を用いて弾丸のように水を押し出す機構を採用した。全国の大手レストランの8割、スーパーの5割が導入するヒット商品に育った。

「Bubble90」が成功体験になったDG TAKANO。"二匹目のどじょう"を狙うとすれば、次の製品は既存の節水技術を転用できる「水の使用量を減らせるトイレ」などを思い浮かべることができる。ところが、高野さんの場合は少し視点をずらして生活雑貨の食器にチャンスを見いだした。

一般に、問題解決には「WHY(なぜやる?)」「WHAT(何をやる?)」「HOW(どのようにやる?)」の3つを考える必要がある。

"節水"という技術起点で考える場合、「HOW」から始めることになる。HOW起点だと使う技術があらかじめ決まっていることから一見アイデアを思い浮かべやすように見える。半面、使う技術が固定されてしまうため、似たような製品が生まれ、イノベーティブにはなりにくくなる欠点がある。

「洗剤が必要」、当たり前の発想取り払う

高野さんの場合は「HOW」ではなく、「なぜ水不足は解決されないのか?」という「WHY」から始めた。水資源が豊富な日本ではイメージがつきにくいかもしれないが、東南アジアや中東では水の確保は経済安全保障にも関わる重要な社会課題だ。

「WHY」を起点にした場合、「HOW」から始めるのと比べて解決策の選択肢の幅が限定されにくい。高野さんは「『水を出す側』の蛇口ではなく『水を受ける側』の皿に視点を移すことも可能なのではと考えた」と振り返る。

「WHY」の次は「WHAT」だ。高野さんは「そもそも洗剤を一切使わずに洗い流すことはできないか」という大胆なアイデアを持ち出した。普通であれば「皿を洗うには洗剤が必要」というバイアスが人間の頭の中に存在する。誰もが思う「当たり前」を一度取り払って考え、発想の転換につなげた。

最後に来るのが実現手段の「HOW」だ。DG TAKANOでは10社以上との協業を模索した。塗料技術の活用なども検討したが、最終的には表面改質に行きつき、開発を始めてから5年で製品化にこぎつけた。

「デザイン思考」の理解が最初の一歩

「デザイン思考」は問いを捉えなおし、価値あるアイデアを考え、行動に移す高野さんのような一連の取り組みを指す。デザインコンサルティング企業、IDEOの創設者デイビッド・ケリー氏が広めたことで有名だ。

ケリー氏はスタンフォード大学でデザイン思考を体系化して教える「ハッソ・プラットナー・デザイン研究所(通称:d.school)」を設立したことで知られる。d.schoolが作った「design thinking bootleg」というガイドブックに記載された内容がデザイン思考を実践する上で参考になる。

同書で強調されているのが「デザイン思考の5つのモード」だ。5つのモードとは①共感②問いを立てる③創造④プロトタイプ⑤テスト。これらを数字の順に行うのではなく、5つを適切なタイミングで実行することでイノベーションに近づくことができる。高野さんの行動も5つのモードに従っている。

デザイン思考は、キーワードとしては日本でも浸透してきているが、「デザイン」という言葉がいわゆる「見た目(意匠)を良くすること」と受け止められてしまった側面もあり、いまだに正しく理解されているとは言い難い。その本質を知ることで、誰もがイノベーションのための一歩を踏み出せるようになる。

(杜師康佑)

  • 著者 : 杜師康佑
  • 出版 : 日経BP 日本経済新聞出版
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