社会人の「睡眠リズムの乱れ」による日本全体の経済損失は、少なくとも年間1兆円規模――。睡眠ゲームアプリの国内利用者約8万人の記録から、世界的睡眠学者の柳沢正史・筑波大教授らの研究チームが推計したところ、平日と休日の睡眠リズムのずれ「社会的時差ぼけ」によって、労働生産性が著しく低下することが明らかになった。
アプリはスマートフォン向け無料ゲーム「ポケモンスリープ」。スマホを枕元に置くと睡眠時間や眠りの深さを計測できる。ダウンロード数は2800万を超える。分析結果は研究成果として、11日付の英科学誌ネイチャー姉妹誌に発表された。
チームは、アプリ内に7日以上の睡眠記録があり、仕事をしている18~66歳の国内利用者7万9048人を対象に、210万回以上のデータを調べた。入眠・起床時刻▽寝付きまでの時間▽夜間の中途覚醒の傾向▽体内時計のタイプ▽社会的時差ぼけ――といった情報と、仕事のパフォーマンスや日中の眠気などを問うアンケートを用いて、労働生産性との関係を分析した。
すると睡眠の特徴として、①健康的な睡眠②長時間睡眠③断片的な睡眠④不眠傾向型⑤社会的時差ぼけ型――の5タイプに分けられた。この中で「社会的時差ぼけ型」は仕事中の集中力や効率の指標となるスコアが最も低かった。
スコアを基に労働生産性の低下を経済損失額に換算し「健康的な睡眠」のグループの人と比べると、1人あたり年間13万6000円の損失に相当した。時差ぼけ型は全体の16%。同様の割合が日本社会全体でも当てはまると仮定した場合、「不規則な睡眠習慣による経済損失は年間約1兆円」と推計した。
ただし今回はアプリ利用者を解析したため、社会全体の中では「睡眠に関心が高い」グループになり得ることが考えられ、実際の経済損失額はより大きい可能性もあるという。
アプリ監修者でもある柳沢教授は「睡眠の量や質と共に『リズム』が極めて重要だと示された」と指摘。「平日の寝不足分を休日の『寝だめ』で解消するのではなく、普段から30分でも長く寝ることを意識し、休日もミッドスリープタイム(睡眠の中央時刻)が同じ時間帯となるようにすることが生産性低下を防ぐコツだ」と話す。
柳沢教授によると、睡眠と集中力や生産性に関する研究は、これまで自己申告のアンケートや小規模な調査結果が多く、睡眠アプリを用いて客観的に検証した数少ない大規模研究の一つという。【荒木涼子】
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