
2025年は様々な場面で人手不足の影響を痛感する年となりました。自宅近くの停留場と駅を結ぶバスは乗客が増えているのに本数が減らされ、車内はぎゅうぎゅう詰め。時間によっては東京都心の地下鉄駅でも無人の改札口が増えたように感じます。
とりわけ都市再開発で影響は大きく、中野サンプラザ(東京・中野)の建て替え計画や、名古屋鉄道が進める名古屋駅前(名古屋市)の再整備など相次ぎ大型プロジェクトが白紙または完成時期未定となりました。人手不足による機会損失は24年に16兆円に上りますが、このままでは年々損失額が大きくなるのは避けられないでしょう。
取材した記者が見たのは、人手が足りない中で現場の働き手がふんばって生活インフラの崩壊を寸前で食い止めている現状です。高市早苗政権は、成長戦略の柱に人工知能(AI)やエネルギー安全保障を含む17項目の重点分野を掲げていますが、現場の生産性改善に繫がる支援や働き手を呼び込む政策が欠かせないと感じます。
(ビジネス報道ユニットデスク 加藤宏一)
人手不足が奪った年16兆円の商機、需要刺激だけで成長できない現実
インバウンド(訪日外国人)に沸く観光地で、客室の半分しか開けないホテルが増えている、と耳にしたのが企画の発端でした。取材を進めると様々な業種に同じ現象が起きていることが分かりました。繁忙期に休業する宅配サービス、早じまいする飲食店、都心の改装工事の遅延――。いずれも人手不足が原因でした。
バブル崩壊後の日本の成長戦略は「仕事の不足」への対応だったと総括できます。1990年代の公共投資もアベノミクスの金融緩和も、需要を刺激して新たな雇用を生み出すことが大きな目的でした。「需要があるのに成長できない」という一見不可解な現象は、「労働供給制約」という未曽有の危機の到来を映しています。
専門性の高い内容が読者に届くのか不安もありましたが、記事には多くの反響があり、国会で取り上げられるという想定外の事態も起きました。人手不足は誰もが知る社会課題ですが、光が当てられていない事実や分析の切り口が数多く残されていると感じます。引き続きその最前線を追っていきたいと思います。
(編集委員 松井基一)
人手不足倒産、1万3500社が「予備軍」 飲食や介護に急増リスク
10月に自宅近くを散歩していると、何度か行ったことのある焼肉屋が閉店していることに気付きました。お客様各位と題した張り紙には、人手不足の文字が赤色で強調されていました。
1年ほど前に行ったときは多くの客でにぎわっていました。提供が早い店ではありませんでしたが、人が足りない印象は受けませんでした。近くに焼肉屋は少ないため、需要はあったはずです。人手不足による閉店は消費者側の「もっと行っておけば防げたかも」という後悔すら成り立ちません。
これまで日本は財政支出や金融緩和によって需要を喚起する政策をとってきました。これからは需要をいかに満たしていくかが重要になります。どんな方法が有効なのか。日常に目を凝らして考えていきたいです。
(川井洋平)
エッセンシャルワーカーへの転職わずか1割 待遇見劣り、人材難加速
家庭ゴミの収集や水道メーターの検針、電気設備の維持・管理。社会インフラを支える多彩なエッセンシャルワークの一部です。いずれも生活に不可欠の仕事ですが、その存在を意識する機会は多くありません。20年以上経済記者をしていますが、これらの仕事を本格的に取材するのは今回の企画が初めてでした。
その人手不足の深刻さは想像を超えるものでした。記事で紹介したように一部地域ではサービスの維持が困難になり、住民生活にも影響が出はじめています。日々の生活が薄氷の上に立っているという事実をほとんどの人は知りません。現場の実態を広く報道することの重要性を痛感します。
これまで日本ではたびたび経済政策のスローガンとして「成長産業への労働移動」が唱えられてきました。しかしエッセンシャル職の多くは生産性が低く成長産業でもありません。人口減少が加速するなかで社会インフラの維持と成長の二兎を追うには、労働移動の目的とベクトルを再検討する必要がありそうです。
(編集委員 松井基一)
余るホワイトカラー、地域のエッセンシャル職に転換を 冨山和彦氏
ダイエーや日本航空などあまたの大企業の再生に携わった冨山和彦氏はその後、地方のバス会社の経営再建に奔走してきました。政府の諮問会議の委員として、日本の成長のための大胆な提言も続けてきた冨山氏が、地方のバス会社に情熱を注ぐのはなぜなのか。以前から感じていた疑問が今回のインタビューで解けた気がします。
冨山氏はデジタルスキルを備えた地域経済の担い手「アドバンスト・エッセンシャルワーカー(AEW)」を新たな中間層に育てることを提案します。実際、冨山氏の関わるバス会社はAIやデジタル技術を駆使して運転手の生産性を高めています。AEWはポストAI時代の日本の成長戦略であり、バス会社経営はその実践ということです。
米国の人類学者D・グレーバーは無意味な書類づくりなどを「ブルシット・ジョブ」と呼び、それらの仕事がエッセンシャル職より評価される現代社会を批判的に考察しました。エッセンシャル職を成長のけん引役として位置づけ直すことはブルシット・ジョブを許容する余裕がなくなった日本の労働市場改革の第一歩かもしれません。
(編集委員 松井基一)
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