山梨県が外国人労働者の福利厚生に注目し、2年前に全国の自治体で初めて編み出した制度の利用が低迷している。雇用企業を支援し、母国の家族が民間医療保険を利用できるようにする取り組み。県内企業で安心して働ける環境をつくり、賃金が高い都市部などとの差別化を図ろうと始め、制度自体は評価を受けている。何がネックになっているのか。
「安心できる」という声の一方で…
制度は、県内企業で働く外国人労働者が母国の家族を対象にした民間医療保険に加入し、企業が保険料の一定額以上を負担すれば、県が助成金を支給する仕組み。
きっかけは2023年3月、長崎幸太郎知事が小金井精機製作所(埼玉県入間市)のベトナム人社員に対する取り組みを目にし、担当部署に検討を指示したことだという。同社は一定の条件を満たせば保険の加入費用を全額負担し、家族と遠く離れて働く労働者を支えていた。
「山梨で働いていただく一つの大きな魅力になる」。長崎知事は24年6月、東京都内のベトナム大使館で開いた記者会見で熱っぽく語り、出席した同国メディアを通じて、肝いりの新制度を売り込んだ。
県内の外国人労働者のうち、ベトナム人は最多の3877人(25年10月末時点)。小金井精機製作所と保険を開発した東京海上ベトナム(ハノイ市)の担当者がいたこともあり、同国を対象にした制度が最初にできあがった。
保険はベトナム国内の全病院に対応し、医療費の自己負担を実質1割に抑えることができる。労働者が保険に加入し、企業が保険料の2分の1以上を負担すれば、その半額(上限1万3000円)を県が助成金として支給。使い道は企業側が自由に決められる。
24年度から制度を利用するビル総合管理会社「甲府ビルサービス」(甲府市)は3月現在、ベトナム人の技能実習生ら7人を受け入れる。保険に加入した4人の年間保険料約8万円を全額負担する。
同国南部のブンタウ出身のチャン・ティ・タイン・マイさん(30)は、コロナ禍で勤務先が倒産して3年前に技能実習生として来日。県内の公共施設などの清掃を担当し、毎月約9万円を仕送りする。自営業の母親が保険の対象で「政府の保険は地元の病院しか対応していない。他の病院も受診できるので何かあっても安心できる」と話した。
同社は07年にベトナムに進出。帰国した技能実習生らを採用し、幹部候補として育てているという。坂本哲司会長(82)は「賃金の高い都会に行ってしまうことが多く、山梨で働くメリットを声高に言えるのは大きい」と評価した。
しかし、制度の利用実績は24年度が1社4人、25年度が2社6人の延べ10人にとどまる。県内では4000人近くのベトナム人が働いており、制度が浸透しているとは言いがたい状況だ。
母国の家族どころか
県内企業などでつくる県ベトナム親善交流協会の副会長も務める坂本会長は、ことあるごとに制度を紹介してきたが企業側の動きは鈍いという。「外国人は使い捨てのような気持ちがあると、福利厚生に目が向かない。県にも日本語教育など包括的な支援をしてほしい」と求めた。
ベトナム人労働者の実態に詳しい神戸大大学院の斉藤善久准教授(外国人労働法)は「技能実習生などで来日する人の多くは、近視眼的で時給の高いところを目指そうとする傾向が強い。よほどうまく制度を宣伝しない限りあまり効果はないだろう」と指摘する。
外国人労働者の受け入れ企業は、母国の家族どころか本人の病気のケアや住環境にすら目が向きにくいのが実情という。「どのような家族がいて、どのように送り出されたのか、現地の家庭訪問などで企業の理解を深める工夫が必要だ」と語った。
対象国拡大にハードル
山梨県は4月、ベトナムに次いでインド人労働者を支援制度の対象に加えた。今後も対象国を増やす方針で、県内企業が利用しやすい制度づくりを進めている。
県によると、利用を検討した企業から「複数の国籍の従業員がいて、ベトナム人だけ優遇できない」といった声が上がっていた。インド国内は民間の保険が浸透し、SOMPOホールディングス(東京都)のグループ会社「ユニバーサル・ソンポ」(ムンバイ)の商品を扱うことで導入が実現した。
ただ、対象国を増やすハードルは高い。県内に多い外国人労働者の母国のうち、民間の医療保険になじみがなかったり、外資が参入しにくかったりして調整が難しいケースがあるという。
制度導入当初は、企業が保険料の4分の3以上を負担した場合に助成金の対象としていたが、4月から2分の1以上に要件を緩和。県男女共同参画・多様性推進課の阪本正範課長補佐は「遠くの家族を心配しなくてもいいセーフティーネットとして運用し、山梨が外国人労働者に優しい県だと魅力発信していく」と話した。【野田樹】
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