

世界の製造業に生産拠点再考を迫る「トランプ関税」に迅速に対応したのは、工場を持たない「ファブレス企業」のソースネクストだった。
4月9日、携帯型翻訳端末「ポケトーク」の米国向け製品の生産を中国・深圳からベトナムに移すと発表した。出荷開始予定は9月。それまでのつなぎの製品は、米国向けに出荷済みだ。
トランプ米大統領による相互関税の発表からわずか7日後のスピード決断だった。当時、米中の両政府は報復を繰り返しており、米国は中国からの輸入品に対して104%の関税を課していた。ベトナムへの関税も46%を示しており、「トランプ関税ショック」の真っただ中に決断を下したことになる。
ソースネクストの松田憲幸会長兼最高経営責任者(CEO)は発表直後の日経ビジネスのインタビューで「2024年8月ごろから最悪のシナリオに手が打てるよう、社内で議論や準備を始めていた」と明かしている。トランプ氏は米大統領選中から中国に対する高関税を示唆していただけに、先んじて対策を進めてきたというわけだ。
深圳のものづくり企業が支援
なぜ製造業ではないソースネクストが、他社に先駆けて迅速な生産移転を実現できたのか。実は今回の移転劇には裏の立役者が存在する。広東省深圳市の郊外に工場を構え、デジタル機器の設計・開発・製造を受託するJENESIS(ジェネシス、東京・千代田)だ。
同社を率いる藤岡淳一社長CEOは20年以上にわたって深圳でのものづくりに携わってきた。ポケトークについては、18年に発売した2号機から開発・製造を支援。トランプ再選を受けて、中国に代わる生産拠点の構築へ動いていた。
深圳でのものづくりに精通する藤岡氏だが、他国の事情にも詳しいわけではない。ソースネクストと共に生産委託先となる協力企業を探していったという。

インドなど複数の国を検討する中、最終候補に選んだのがベトナムだった。ハノイ市やダナン市といった主要都市の生産拠点に足しげく通った。最終的に通信機器の生産実績がある、ハノイに拠点を構える国有企業をパートナーとして選んだ。すでに人材や装置などを現地に送り込んでおり、ポケトークのベトナム生産に向けた準備を着々と進めている。
順調そのものに映るポケトークの生産移管。だが、「深圳や東莞など華南エリアでの生産移転に比べるとハードルが高かった」と藤岡氏は振り返る。
中国からベトナムへ輸送
困難の一つに挙げるのが、主要部品の調達だ。製品の頭脳となるCPU(中央演算処理装置)や通信機能を担う半導体や電池などの電子部品は現地では調達が難しい。パートナーとなるベトナム企業も多くの主要部品を中国から輸入していたという。
ベトナム現地で調達できるのは電源やケーブル、梱包材、テープなどの汎用品に限られる。コストも華南エリアに比べると割高だという。「梱包材をハノイで調達すると深圳に比べて2割以上高くなってしまう」と藤岡氏はこぼす。

結局、現地で調達するのは紙類など一部に限定され、主要部品のほぼすべては深圳から輸入することになるという。人件費そのものは「ハノイのほうが深圳よりも安価だが、部品・部材の輸入コストが加わるため、最終的にベトナムで生産したほうがコストがかかることになる」と藤岡氏は明かす。
米国の中国の輸入品に対する関税は一時的に30%に引き下げられ、ベトナムに対しては20%で合意に達した。日本も参院選直後に15%で最終合意した。ただ予測不可能な行動を続けるトランプ氏だけに、税率引き上げが再び起きる懸念は残ったままだ。
帝国データバンクが日米関税協議の最終合意前となる6月17〜30日に実施した調査では、トランプ関税が自社の事業活動に与える中長期的な影響(今後5年程度)について「マイナス影響がある」と回答した企業が44%に達したという。
(日経BP上海支局 佐伯真也)
[日経ビジネス電子版 2025年8月8日の記事を再構成]
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