(画像:rarrarorro/stock.adobe.com)

「世界の縫製の中心地だから人も情報も集まっており、とにかくすごいスピードで仕事が進む」

こう話すイ・キョンウク氏は、YKK(東京・千代田)がベトナム南部、ホーチミンに置く営業本部に所属している。韓国出身のイ氏は日本からのメンバーやベトナムの現地スタッフとカバンのファスナーを担当。この地で世界中の営業拠点の担当者や製造工場の技術者と連携し、グローバルな営業戦略を練る。周辺にはアパレルなどの拠点やローカルの縫製工場が点在し生産現場にも頻繁に顔を出す。

アパレルは近年、人件費が高騰する中国から安い労働力を求めてベトナムの拠点へのシフトが加速し、サプライチェーンの要となりつつある。そんな中、同社は2023年に営業本部を日本からベトナムに移転した。

2023年にベトナムへ移転したYKK営業本部のメンバー。イ・キョンウク(中央)氏は韓国出身でカバンのファスナーを担当(写真:YKK提供)

世界中の営業戦略を統括する重要部署となり、東京本社から約20人の社員が異動。ベトナムのほか韓国、中国などアジア各地の人材も含め40人が所属し、即断即決で動くために執行役員の営業本部長も常駐する。「商品に求められるプライシング、納期、サービスのリアリティーが変わった」と荒谷礼右常務執行役員営業本部長は話す。その結果、コットンパンツ向けに従来の銅合金より安いアルミのファスナーを開発するなど、営業本部発のヒットも生まれている。

同社のファスニング事業は25年3月期決算で売上高が前期比14.2%増の4331億円と過去最高を更新した。背景にあるのがファストファッション向けなどの施策で、営業本部移転はその一つだ。地域別の売上高でも中国が21%増の1158億円、東南アジア諸国連合(ASEAN)が19%増の1033億円と、ファストファッションの強いエリアの成長が寄与している。

ファスナー市場は価格帯で大きく3つに分けられる。最も高価格の「バリューコンシャス」は高級ブランドやスポーツアパレルなどが顧客で、付加価値が高く同社は得意としてきた。価格がその下の「スタンダード」は成長が著しい。ファストファッションや量販店向けが多く、ボリュームゾーンのため競合が多い。最も価格の安い「ベース・オブ・ピラミッド(BOP)」は新興国の内需が中心だ。

ピラミッド型の市場構造に対し、同社は「二兎(にと)を追わねば一兎(いっと)も得ず」の方針を打ち出し、バリューコンシャスとスタンダードの両方に取り組む。

同社が海外展開を始めた頃、欧米メーカーは「自分たちの牙城には入らないだろう」と言っていたが、追い抜いた。敷田透副社長事業戦略本部長は「こうしたことを教訓に、アジアなどの競合の追い上げを振り切っていく」と話す。ファスナーは一般的な価格が1本40円ほどといわれ利幅が薄いため、シェアが不可欠という事情もある。

敷田透副社長事業戦略本部長は営業本部のベトナム移転を指揮した(写真:栗原克己)

競合からの切り替えを実現

同社がスタンダードに力を入れ始めたのは生産量が一時伸び悩んだ15年ほど前からだが、その後、新型コロナウイルス禍で営業利益が激減する中、施策をさらに進めた。関係者の話を総合すると、ここ5年ほどで同社のスタンダードの販売数は、それ以外を上回るようになったと見られる。スタンダード攻略のバロメーターのファスナー販売数は、25年3月期、3期ぶりに100億本を突破した。

営業面での貢献が目立つのが、「グローカルサプライストラテジーグループ(GSSG)」だ。4人いるメンバーは日本、韓国、中国などで豊かな経験を持ち、ベトナム移転と同時に、営業本部内に発足したGSSGに来た。

ファストファッションはグローバル化が進み、商機をつかむには本社の戦略やバイヤーの動き、縫製工場の動向などを総合的に捉える必要がある。しかし、同社は国ごとに営業担当が分かれていたため全体像が見えにくかった。

GSSGのメンバーは培った経験を生かしながらファストファッションのベトナムでの拠点の動きや、国境を越えて展開する縫製会社の情報を現地でキャッチする。同社にはファストファッションなどグローバル企業の本社を担当するグローバルマーケティンググループ(GMG)があり、GSSGと連携しながら動く。

YKKは顧客のニーズに合わせて多様なファスナーをつくる(写真:YKK提供)

GSSGの活動により、競合から同社のファスナーに切り替えた案件が既に数件あるようだ。この顧客を同社は明かさないが、日経ビジネスが流通各社に取材したところ、その1つは国内の大手低価格カジュアルのアパレルだった。

(日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス電子版 2025年7月14日の記事を再構成]

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