
【ニューヨーク=佐藤璃子】米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は22日、経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」で講演した。内容は以下の通り。
全面的な経済政策の変化の中でも、今年を通して米経済は回復力を示してきた。我々が掲げる2つの目標のうち労働市場は最大雇用に近い状態を維持しており、インフレ率は依然としてやや高い水準にあるものの、新型コロナウイルス流行後のピーク時からは大幅に低下している。同時に、リスクのバランスも変化しているように見える。
1年前にこの演壇に立った時、経済は転換点にあった。我々の政策金利は5.25〜5.50%のレンジで1年以上にわたり維持されていた。この引き締め的な政策はインフレを抑制し、総需要と供給の持続可能なバランスを促進するのに適切な水準だった。
インフレ率は目標に大幅に近づき、労働市場は過熱状態が緩和された。インフレの上振れリスクも後退した。しかし、失業率はほぼ1ポイント上昇した。これは歴史的に、景気後退期以外では見られなかった動きだ。
その後の3回にわたる米連邦公開市場委員会(FOMC)で我々は政策スタンスを再調整し、過去1年間で労働市場が最大雇用に近い水準でバランスを保つための土台を整えた。
今年、経済は新たな課題に直面している。貿易相手国における大幅な関税引き上げが世界の貿易システムを再編している。移民政策の厳格化は、労働力の成長を急激に遅らせた。長期的は税制や支出、規制の変更も経済成長と生産性に重要な影響を与える可能性がある。こうした政策が経済に与える持続的な影響については大きな不確実性が残っている。
通商や移民政策の変化は需要と供給の両方に影響を及ぼしている。この環境下では景気循環的な動向と構造的な動向を区別することは困難だ。金融政策は景気循環的な変動を安定させることはできるが、構造的な変化を変えることはほとんどできない。
労働市場はその一例だ。7月の雇用報告によると、3カ月平均の雇用者増加幅は3万5000人となり、前年の16万8000人から大幅に減速した。この減速は前月の予測よりもはるかに大きく、5月と6月のデータが大幅に下方修正されたためだ。
しかし雇用の減速が労働市場に余裕を生み出しているわけではないようだ。失業率は7月にわずかに上昇したものの歴史的には低水準にとどまっており、過去1年間でほぼ安定している。退職者数や解雇者数、求人倍率と失業率の比率、名目賃金の成長などもわずかな変化にとどまる。
労働供給は需要に連動して軟化しており、失業率を一定に保つためのブレークイーブン(損益分岐点)の雇用創出率が大幅に低下している。実際に今年に入ってから移民の急減により労働力の成長は著しく鈍化し、労働参加率も直近数カ月で小幅に低下している。
全体として労働市場はバランスを保っているように見えるが、これは労働力の供給と需要の両方が著しく鈍化した結果生じた特異なバランスだ。この異常な状況は、雇用に関する下振れリスクが高まっていることを示唆している。これらのリスクが現実となれば、解雇の急増と失業率の上昇という形で急速に表面化する可能性がある。
同時に、今年前半の国内総生産(GDP)成長率は1.2%に減速し、前年の約半分の水準にとどまった。成長減速は主に個人消費の鈍化を反映している。労働市場と同様に、GDPの減速の一部は供給や潜在産出量の減速を映している可能性がある。
インフレについて見てみると、関税の引き上げが一部の商品項目の価格上昇につながっている。最新のデータに基づく推計によると、7月までの12カ月間で米個人消費支出(PCE)価格は2.6%上昇した。変動の大きい食品とエネルギーを除くコアPCE価格も前年の水準を上回っている。
関税による消費者物価への影響は、現在明確に表れている。これらの影響は今後数カ月かけて積み重なると予想されるが、タイミングと規模については高い不確実性が残っている。金融政策にとっての問題は、こうした価格上昇が足元で続くインフレリスクを実質的に高めるかどうかということだ。
合理的な基本シナリオとしては、一時的な価格変動で収束するという見方だ。もちろん「一時的」というのは「一度ですべて」を意味するわけではない。関税引き上げがサプライチェーンや流通網に浸透するには時間がかかる。関税率の変動が続くなか、調整プロセスが長期化するリスクもある。
関税による価格上昇圧力がより持続的なインフレ動向を誘発する可能性もあり、これは評価・管理すべきリスクだ。一つの可能性としては、価格上昇により実質賃金が減少したと感じた労働者が雇用主に対し賃金引き上げを要求し、賃金・価格の悪循環が起きることだ。しかし労働市場は特に逼迫しておらず、下振れリスクが高まっていることから、このような結果はあまり現実的ではないだろう。
もう一つの可能性は、インフレ期待の上振れが実際のインフレ率上昇につながることだ。インフレは4年以上にわたり我々の目標を上回っており、家計や企業にとって主要な懸念材料だ。しかし調査に基づく長期的なインフレ期待の指標は依然として安定しており、我々の長期的なインフレ目標である2%と一致している。
もちろんインフレ期待の安定を当然視することはできない。何があっても、一時的な価格水準の上昇が継続的なインフレ問題に発展することは許さない。短期的に見ると、インフレリスクは上向き、雇用リスクは下向きで困難な状況だ。このように目標が相反している場合に、我々の枠組みでは2つの目標のバランスをとることが求められる。
政策金利は現在、1年前よりも100ベーシスポイント(bp、1ベーシスは0.01%)中立水準に近づいている。失業率とその他の労働指標の安定により、政策スタンスの変更を検討する際に慎重に進める余地がある。政策が引き締め的な領域にある中で、見通しとリスクのバランスの変化は政策の調整を正当化する可能性がある。
金融政策は既定のコースにはない。我々はデータの評価と、経済見通しやリスクバランスのみに基づき、決定していく。このアプローチから決して逸脱することはない。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。