シリアを強権統治したアサド政権が崩壊して8日で1年が経つ。内戦下で反体制派が拠点とし、アサド政権軍との激しい戦闘が続いた第3の都市の中部ホムスは破壊の痕が生々しく残り、完全な復興にほど遠い状態だ。
11月28日、暫定政権のシャラア大統領の呼びかけに応じ、シリア各地でアサド政権の崩壊1周年にあわせたデモが開かれた。シリア国営通信によると、ホムスでは住民たちが中心部の広場を埋め尽くし、暫定政権が用いる新たな国旗を掲げて祝意を示した。
シリアは2011年に中東の民主化運動「アラブの春」が波及。アサド政権軍と反体制派の間で内戦が生じた。首都ダマスカスと商都アレッポを結ぶ交通の要衝ホムスは大規模な反政府運動が起きたことから、「革命の首都」とも呼ばれた。
内戦前の人口で約15万人が住んでいた中心部の旧市街などに立てこもった反体制派に対し、政権軍は2年以上にわたって包囲攻撃を実施。住民は飢えや医薬品の不足に苦しみ、国連機関の推計によると、旧市街の住宅・商業施設の約7割に中程度以上の損壊が生じた。
「雑草食べ、飢えしのいだ」
当時、包囲下の生活を経験した食料品店員のムハンマド・ハスンさん(61)は「人生で最も過酷な経験だった」と振り返る。政権軍が激しい砲撃やドラム缶に大量の火薬と金属片を詰め込んで爆発させる「たる爆弾」を用いた攻撃を繰り返すなか、家族4人で飢えをしのぐため、木の葉や雑草を食べたこともあったという。
14年に国連の仲介で停戦が成立し、反体制派は旧市街から撤退した。政権軍は昨年12月、反体制派の反攻によって打倒されるまで、ホムス全域の支配を維持していた。
停戦から10年以上が経った現在、旧市街の一部地区ではがれきの撤去やモスクの修復などが進み、人々が買い物や散歩を楽しむなど日常が戻りつつあった。ただ、依然として多くの地区では建物が破壊されたままだ。
それでも、住民からは暫定政権下で復興の加速を願う声が多く聞かれた。攻撃によって破壊された集合住宅の修復を進めていた建設作業員のアフマド・ゼイダンさん(56)は「時間はかかるが、ホムスの街はきっと再建できる」と笑顔を見せ、国際社会の支援に期待を示した。
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