韓国の駐日大使や外相などを務めた孔魯明(コンノミョン)氏が25日、死去した。93歳だった。韓国メディアが26日に伝えた。
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1932年、現在の北朝鮮・咸鏡北道生まれ。ソウル大法学部を卒業し、58年に外務省に入った。韓国の聯合ニュースなどによると、韓国と旧ソ連の国交正常化交渉にもかかわり、初代の駐ソ連・駐ロシア大使などを経て93年から駐日大使、94~96年に金泳三(キムヨンサム)政権で外相を務めた。
退任後は日韓フォーラムの韓国側議長に就くなど、日韓関係に積極的にかかわり続け、大きな足跡を残した。2000年代にはアジアの情報や人の交流の場として設けられた「朝日新聞アジアネットワーク」の会長を務め、朝日新聞紙面にもコラムを執筆。06年のコラムでは日韓関係について「韓日間には様々な問題があるが、まずは首脳同士がひざを詰めて話し合うことが大切だ」などと訴えた。
韓国の趙顕(チョヒョン)外相は26日、SNSに「大韓民国の外交史に大きな足跡を残した」と投稿。有力紙・東亜日報は「代表的な知日派外交官」と報じた。
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