2月22日は島根県が制定した「竹島の日」今年で21回目を迎えます。
隠岐の人々の竹島での営みを直接知る世代がほとんどいなくなる中、TSKは韓国による不法占拠が始まった1954年に竹島へ渡った男性に話を聞くことができました。証言と新たに発見された史料から、この問題にこれからどのように向き合うかを考えます。

高市早苗前経済安保相(当時):
「本来でしたら竹島の日(の記念式典)に堂々と大臣が出ていったらいいじゃないですか。それは顔色をうかがう必要はない」

2025年9月、島根県が制定した「竹島の日」の式典を巡り、自民党総裁選期間中の高市総理の発言が注目されました。
過去20年間の式典に閣僚は出席せず、政務官が出席するようになったのも2013年から。

政府にとって「逃げ腰」で臨んできた「竹島の日」の式典に大臣が出席すればよいという強気の発言でした。
しかし、そのわずか1か月後、総理大臣に就任したあとは…。

立憲民主党・今井雅人衆院議員(当時):
「竹島の日の式典の日に閣僚が出席すべきという考えは今でも変わりませんか」

高市早苗総理:
「竹島の日の式典の政府代表については適切に対応して参ります」

発言はトーンダウン…2026年も政府代表として政務官が式典に出席します。

島根県・丸山知事:
「竹島の領土権確立が100点だとすると、政府主催の式典の開催というのはある意味10点、政務官が出席している状況は言ってみれば2点」

丸山知事は、閣僚の出席自体に重きを置いていないとしながらも、失望の色をにじませました。

韓国による不法占拠が始まってから70年あまり。
その直後、竹島に渡った人に話を聞くことができました。

島根県の取締船の元乗組員・野津豊さん:
「どこに行くとも目的も全部聞いてないです。ただ普通の取締じゃないかと思って、ただ出航しただけで」

松江市に住む野津豊さん(95)。
1954年(昭和29年)、漁業権行使のためワカメやアワビの漁を行う隠岐の漁師を乗せ、竹島に渡った島根県の取締船「島風」の乗組員です。
公式には、これが竹島での日本人による最後の漁となっています。

当時、すでに韓国が竹島の領有権を主張。
緊迫した状況のもと、竹島に向かうことは、ごく限られた関係者にしか知らされていませんでした。

島根県の取締船の元乗組員・野津豊さん:
「島の名前も分からないです。ただ来たから撮っただけで。(竹島渡航そのものが)丸秘です」

野津さんは「竹島」の姿を写真に収めていました。
松江市の竹島資料室で公開されている写真にも上陸した野津さんの姿がありましたが…。

島根県の取締船の元乗組員・野津豊さん:
「これは全然記憶ありません。どういうふうな状態で撮られたかは全然分かりません」

島根県によると、野津さんが直接漁に関わっていなかったこともあり、当時の記憶はほとんど残っていないといいます。
時間の経過とともに直接の記憶も消えかける今、貴重な記録を活用して記憶を次の時代につなぐ試みも行われています。
東京・千代田区にある国立の展示施設「領土・主権展示館」です。

安部大地記者:
「身長180センチの私を超える高さ約3メートルの巨大なスクリーン。日本の国土について紹介する動画のほか、竹島に関する貴重な資料も上映されています」

2025年11月に完成したゲートウェイホールで竹島の記録を伝える新たな映像が公開されています。
施設の拡張に伴う情報収集の過程で見つかりました。

1934年(昭和9年)に撮影されたアシカ猟の様子。
網にかかったアシカを漁師が浜に揚げています。
そして、竹島の全景…大阪朝日新聞(現在の朝日新聞)が隠岐の漁師に同行し撮影したもので、竹島でのアシカ猟の様子が克明に記録された唯一の映像とみられます。

内閣官房 領土・主権対策企画調整室 齋藤康平さん:
「実際映像を見ると、手慣れた様子でいろんなアシカ漁のための様々な作業を行っているので、間接的にではあるが、島根県が付与した漁業権が隠岐の人々によって実際に執行されていたことが非常によくわかる」

この映像に残る漁師を20年前、TSKが取材していました。

吉山武さん(当時95歳):
「これがアシカ猟だな。トド、トドといいよった」

当時95歳の吉山武さん、映像が撮影されたのは、吉山さんが20代のころ。
先に見つかった同時期の写真にも吉山さんの姿がありました。

吉山武さん(当時95歳):
「(アシカの)子をみんな船に積んで、湾頭に固めて親が集まったところでそれから網をかける。体が乾いたらいけないので海水をかけてやった」

一方、島根県も竹島の領土権を示す歴史的資料の収集を続けています。

島根県竹島問題研究顧問・藤井賢ニさん:
「国が認めた上で活動する。そういった実績がずっと積み重なって領土というものになる。竹島で獲れた様々な産物を幕府の方に献上していたという莫大な資料の中に書かれていて、日本側の証拠能力の着実な蓄積と言いますか、そのようなことが
言えるのではないか」

県は、米子市の商家に残る古文書や地図などの史料約70点を2024年から2025年末にかけて新たに取得、江戸幕府公認のもと、古くから竹島で日本人が活動していたことを示す「第一級」の史料です。

島根県竹島問題研究顧問の藤井賢二さんは一方で、これら発見された資料だけでは竹島問題を歴史問題と捉える韓国側の姿勢を変えるのは難しく、日本政府の毅然とした姿勢が必要だと強調します。

島根県竹島問題研究顧問・藤井賢ニさん:
「常に事実に基づいて冷静にやっていく。ただ、韓国に対して私はもう少し怒りの姿勢を見せても良いと思う。日本は本当に怒っているんだということをもっと見せてもいいところはあるとは思います」

「台湾有事」発言をめぐり東アジア情勢の緊張が高まる中、良好な日韓関係を維持したい高市政権。
竹島をめぐる問題の解決へ糸口が見いだせないまま、2026年も、何も変わらない「竹島の日」を迎えようとしています。

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