6年ぶりの訪中 なぜ?

本来の北朝鮮外交の姿、形を整えたいということだと思います。

北朝鮮は自主路線というものが基本にあるわけで、1つの国に依拠した外交というものは好ましくないと長年考えてきた。にもかかわらず、今は戦略的にロシアに近づいた方がよいという判断のもとにロシア一辺倒のような政策を取ってきたわけです。

ただ、北朝鮮本来の姿は自主路線で歩みたいということですから、ロシアのみならず、中国とも外交関係を活発にして、反米で連帯・協調しているんだということを内外に示したい思いはあろうかと思います。

慶應義塾大学 礒崎敦仁教授

中国と北朝鮮ぎくしゃくしていた?

中朝間がぎくしゃくしているように見えたのは去年5月、6月ごろからです。

つまり、プーチン大統領がピョンヤンを訪問して、冷戦期以来のモスクワとピョンヤンの間の軍事同盟関係が築かれました。そのころから中朝関係にやや隙間ができたといいますか、ぎくしゃくしたように見えました。

去年は中朝が国交正常化して75周年という親善の年、友好の年に定めていたにもかかわらず、首脳会談はおろか、閣僚級の往来すらなかったわけです。

それを修復する動きが少し最近見えてきまして、先週、ピョンヤンにある中国大使館が行事を開いた時にチェ・リョンヘという高級幹部が出席したので「そのイベントからすると、中朝関係が少しずつ修復されるのかな」という声が聞こえてきていました。

ピョンヤンを訪れたプーチン大統領(2024年)

北朝鮮としてはどうしたい?

1960年代以来、中国と北朝鮮は数十年にわたって同盟関係を曲がりなりにも維持してきたわけですから、中朝間のハイレベル往来、首脳会談がなかったこと自体が異例だったと考えるべきなんです。

ロシアとの間では首脳会談がありましたが、同盟関係であるにもかかわらず、中国とは長らくありませんでした。ここを修復して、ロシアとも中国ともそれなりの距離を置きながら外交を進める。これが北朝鮮の自立、自主路線のあるべき姿だと、彼らは考えるということです。

キム・ジョンウン(金正恩)総書記

ロシアだけではだめ?

ウクライナでの戦争がずっと続いていくわけではありません。

今のロシアと北朝鮮の蜜月関係は、ウクライナでの戦争が長引いた結果、プーチン政権が兵器の供給元としての北朝鮮を必要として、ロシアと北朝鮮の軍事同盟に至っているわけで、これがずっと続くとは北朝鮮も考えていないということです。

つまり、戦略的に今はロシア一辺倒のように見えるわけですが、やはり北朝鮮が自主路線を歩んでいくためには、国境を接しているもう1つの国、中国ともそれなりの関係を保っていくということは依然として重要だということです。

ロシア国防省が公開した北朝鮮軍の兵士

中国の思惑はどこにある?

中国は大きなイベントとして、アメリカに対抗していくうえでも協調できる、協力できる国の元首を数多く呼び込んで誇示したいという思いがあったでしょう。

抗日80周年ということですから、北朝鮮を呼ばないということはないですよね。

北朝鮮の首脳がそれに乗ったということは異例ではありますが、中国がほかの国の元首を呼んでいる中で、北朝鮮も招待するというのは当然の流れであったように思います。

習近平国家主席

各国首脳が集まる場への参加 異例?

そこがポイントです。キム・ジョンウン氏がマルチの会合に出てくるのは事実上、初めてなんですね。

なぜ事実上かというと、2019年6月、3回目のトランプ大統領との会談の際に、そこがパンムンジョム(板門店)の韓国側で行ったものですから、ムン・ジェイン(文在寅)大統領と非常に短い時間、3人で会ったという時間があった。これが唯一の例です。

キム・ジョンイル(金正日)時代にはマルチの会合に出ていくことはありませんでしたので、冷戦期、キム・イルソン(金日成)氏の時代以来という非常に珍しい出来事であろうと思います。

会談後のキム総書記 トランプ大統領 ムン大統領(パンムンジョム 2019年)

なぜ多国間の場へ行かない?

北朝鮮の最高指導者が海外に行くということ自体が、大きなことなんです。

警備上の理由から、最高指導者に何かあっては困るということで、外遊については非常に他国の元首よりも慎重にやっているように思います。

ましてやマルチの場というのはキム・ジョンイル時代以降、事実上なかったわけで、ここはキム・ジョンウン氏自身が判断したということなんでしょう。

中国には、キム・ジョンイル氏も、キム・ジョンウン氏も何度も足を運んでいますので、訪中自体は決して珍しいことではないわけですが、マルチの場に出ていくというのはかなり踏み込んだように思います。

それぐらい一気に、ぎくしゃくしていた中朝関係を修復したいという思いがあるんだと思います。

特殊作戦の訓練基地を視察するキム総書記

キム総書記のねらいはどこに?

ウクライナでの戦争がいつまで続くかわからない状況の中で、ロシア一辺倒ではなく中国との関係も保っておくということ。

そして、非常に不規則発言の多いアメリカの大統領がいつ具体的な提案を北朝鮮にしてくるかわからない状況の中で、やはりロシアと同様に軍事同盟関係を持っている中国との関係も築いておく、こういった思惑が働いたように思います。

今回1回のことをもって、何か新しい変化、成果がもたらされるというよりも、プーチン大統領のみならず習近平国家主席とも良好な関係を築いていけるんだということを、まず国内の人々に示し、対米そして対韓国に対して対抗していく力があるんだということをやはり国内外に誇示していく必要があるんでしょう。

中朝関係 これでよくなる?

象徴的なイベントですから、習近平国家主席の顔を立てることができる。キム・ジョンウン氏がこの軍事パレードに出席するだけで、習近平国家主席の顔を立てることができるわけです。

1回、ここで修復をすれば、中朝首脳会談というものは今後も続きうるわけです。

2018年3月から2019年6月のわずか1年3か月の間に、5回首脳会談をやっている、4回訪中して1回習近平国家主席が訪朝しているわけですから、必要とあれば中朝首脳会談、特に対米関係を動かすという場面になれば、やはり中国の首脳との協議というものも必要になってくるかもしれません。

ピョンヤンを訪れた習主席(2019年)

背景には日米韓の連携も?

北朝鮮メディアを追っていますと、やはり日米韓の連携というものを非常に注視しているさまは見受けられるわけです。

ただ、北朝鮮がロシア、中国とともに3か国で日米韓に対抗していくようなことができるかというと、そこはちょっと違うと思います。いくら北朝鮮が中国、そしてモスクワと同盟関係を結んでいても、温度差があるわけです。

反帝国主義、つまり反米で3か国が協調したいといっても、プーチン大統領とはそれができますが、習近平国家主席は朝鮮半島問題をめぐって、そこまで反米色を強めているわけではありません。

ただ、それぞれの国家の思惑というものがあるわけですから、とりあえず今回は久しぶりの訪中ということで、中国、習近平国家主席の顔を立てて、中朝関係を修復していくということです。

米韓合同軍事演習(2024年)

米朝首脳会談の可能性は?

北朝鮮は、トランプ政権の動向を注視していますが、その姿勢・原則は変わっていません。

つまり、次に譲歩すべきはアメリカであって、北朝鮮が譲歩をするものではないということ。トランプ大統領が、事実上、非核化に対する交渉を放棄するような、そういった言動が見られたら再交渉というものはあり得るという立場で、北朝鮮側から近づくという状況にはありません。

(米朝首脳会談が行われた)2018年、2019年の時と北朝鮮は状況が全く違います。

今やロシアと軍事同盟関係にあり、ロシアにいくらでも武器を売ることができるし、派兵もして外貨が獲得できているわけで、北朝鮮の経済規模から考えると、以前のように経済制裁を解除してほしいとアメリカに要求する必要すらなくなっているわけです。

ですから、対米交渉の肝は安全保障問題ということになります。そこで、北朝鮮が核を放棄するということをみずから提案するわけはなく、トランプ大統領の方から大きな譲歩があることを待っている状況だと思います。

米朝首脳会談(シンガポール 2018年)

どうなれば首脳会談が実現する?

北朝鮮が気にしているのは、アメリカや韓国、日本などの民主主義国家では、政権交代によって政策変更があることです。つまり、トランプ大統領との間で大きな合意に至ったとしても、次の政権にひっくり返されてしまうことを考えると、手っとり早いのが国交正常化ということになるわけです。

トランプ大統領が国交正常化に対する前向きな、そして具体的な提案をしてきたら、それが事実上、非核化交渉でないということであれば、北朝鮮もそれに耳を傾ける可能性はあります。

ただ、現時点で北朝鮮自身が政策を変化させる兆しというのは全く見えてこないです。

(8月28日 ニュース7などで放送)

国際部記者
吉塚 美然
2019年入局 初任地の福井局を経て2023年8月から現所属
福井局では拉致問題 現在は朝鮮半島を中心に軍事・安全保障分野を取材
国際部記者
佐藤 裕太
2019年入局 名古屋局 青森局を経て2025年8月から現所属
国際部では朝鮮半島を中心に取材

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