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<最新研究や教育心理学者の示すところによると、就学前後、生後3年間、親自身の幼少期の経験などもカギを握るようだ──>
幼児期の発達の兆候が、将来的にADHD(注意欠如・多動症)を発症する可能性を示す手がかりになるかもしれない。この段階で適切なサポートができれば、子どもたちの将来に大きな違いをもたらす。
脳の配線(神経回路)はこの時期に形成され、注意力に関わるスキルの土台となる。この発達の過程を把握することで、将来ADHDを発症する可能性のある幼い子どもを早期に見つける手がかりになる可能性があると、カナダ・サイモンフレーザー大学(SFU)の研究者らは結論づけた。
彼らは、脳の構造と機能が「重要な」初期の数年間にどのように発達し、相互に作用するかを調査した。「都市にたとえるといい」と話すのは、論文の著者で、SFU神経科学・神経技術研究所(INN)創設者のランディ・マッキントッシュ氏だ。
「道路が脳の構造で、交通が脳の活動だ。この年齢の子どもにとっては、道路の整備具合、つまり脳の構造が特に重要になる。道路がうまく造られていなければ、交通はスムーズにいかない。それが、子どもが集中したり、課題を切り替えたり、注意をそらすものを無視したりする力に影響を及ぼす」
「遺伝、胎児期の影響、そして幼少期の経験が、脳の配線に影響を与える可能性がある」
「こうした要因の違いによって、注意力を支える脳内ネットワークの発達に差が生じる可能性も。今回の研究では、一般的な発達の中で注意力に関係するパターンを特定した。これは、今後ADHDに見られる逸脱や、それに影響する要因を研究する際の基準となる」とマッキントッシュ氏は語る。
これまでの研究を踏まえ、構造的および機能的な脳のつながりの変化を同時に調べることで、健全な神経発達のパターンや、将来の行動傾向を予測する要因の理解が進むと、研究チームは指摘する。
今回の研究では、4歳から7歳までの子ども39人を対象に1年間追跡。MRIスキャンを用いて、脳内の構造的・機能的な接続性を測定した。参加した子どもたちは、持続的注意(集中力の維持)、選択的注意(気を散らす刺激を無視する力)、実行機能的注意(タスクの切り替え)の能力を評価する課題に取り組んだ。
研究チームは、グラフ理論を応用して分析を行った。これは、数学的な構造を用いて社会ネットワークなどを調べる手法で、今回は脳内の各領域がどのようにつながっているか、そしてその結びつきが時間とともにどう変化するかを解析するために用いられた。
その結果、脳内ネットワークが「仲の良い友達グループ」のように、特定の領域同士で強く結びつき、他のグループとの接続が少ない構造になっている場合、注意力に関する課題の成績が低くなる傾向が見られた。
「この年齢層は、ちょうど就学前後にあたり、新たな学習の負荷がかかる時期でもある」と話すのは、論文の著者でINN研究技術者のリアン・ロコス氏。
「この時期こそ、行動療法、学校での支援計画、ソーシャルスキルのトレーニング、保護者向けの支援など、早期介入が効果を発揮する重要なタイミングでもある」
教育心理学者のエミリー・クロスビー氏(本研究には関与していない)は本誌の取材に対し、次のように語っている。
「人とのつながりは、社会的および情緒的な発達を支える重要な要素だが、これは現代社会においてしばしば損なわれがちだ。幼い子どもやその家族が、テクノロジーに多くの時間を費やし、それぞれが孤立した環境で暮らすようになると、こうした発達の領域に悪影響を及ぼす可能性がある」
「生後3年間、つまり『1001日』は、子どもにとって最も重要な時期だ。この時期に形成された愛着スタイルは、その後の人間関係、ときに恋愛関係にまで影響を与える。たとえば、不安型・不安定型・回避型の愛着を持つ子どもは、過度に周囲に警戒するようになり、それが注意力の問題として現れることがある」
「だからこそ、親への早期の支援が重要になる。子どもが安全で安心できる安定した愛着を築けるようにすることが大切だ。そのためには、親自身の幼少期の経験に向き合う支援も含まれる」
研究チームによると、「局所クラスタリング」や「重み付き次数(weighted degree)指標」を使った解析により、特定の脳領域で構造的な接続の分離度が低いことが、年長の子どもにおける選択的注意力の向上と関連していることがわかった。
一方で、空間認知に関わる領域のように、構造的な接続性の重み付き次数やクラスタリングが高いことが有益な場合もあるという。
論文では次のように記されている。
「幼児期は、認知機能が極めてダイナミックに変化する時期であり、その発達は主に脳の構造的ネットワークの特徴と密接に結びついている。今回の発見は、健全な発達を理解するうえで多くの示唆を与えるとともに、神経発達障害の早期発見や介入の手がかりとなる可能性を秘めている」
また研究チームは、こうした脳の配線に注目するアプローチが今後の応用にもつながると指摘している。
そのひとつが「ザ・バーチャル・ブレイン(The Virtual Brain)」と呼ばれるシミュレーションプラットフォームだ。これはSFUなどが共同開発したもので、脳の個別発達をモデル化し、介入策を仮想環境で試すことができる。
彼らの目標は、子ども一人ひとりの脳の発達を個別にモデル化し、その配線の変化を時系列でシミュレーションすることにある。
「子どもの脳が本来どのように発達するかを理解することで、リスクを早期に見極め、より効果的に支援を提供し、それが最大限の効果を発揮できるタイミングで介入できるようになることを目指している」とマッキントッシュ氏は説明する。
「たとえば、問題解決能力や自尊心、自己コントロールを高めるための行動支援、子どもの特性に応じた学校での支援計画、保護者への具体的なアドバイスなどが含まれるだろう」
「この研究は、幼少期の経験が脳の配線にどのような影響を及ぼすかを示す可能性があり、子どもと保護者を初期段階で支援するうえで重要な示唆を与えてくれると思う」とクロスビー氏は述べている。
「ただし、この研究がADHDを『予防すべきもの』『減らすべきもの』と受け取られる可能性がある点には注意が必要だ」とクロスビー氏は指摘する。
「そうではなく、ADHDを持つ人が自分自身を理解し、困難に対処するための支援を受けられることが大切だ。ADHDには『ハイパーフォーカス』のようなポジティブな側面もあり、革新的な起業家の多くがADHDを持っていることも事実だ」
これに対し、マッキントッシュ氏は次のように応じている。
「私たちは、幼児期における脳内ネットワークの発達と、その後の認知・行動の健全性との関連に関心を持っている。今回の手法は、原理的にはさまざまな領域に応用可能だ。ADHDはその一例に過ぎず、脳の発達を理解することで支援やリソースの方向性が見えてくるかもしれない」
「目指しているのは、特性をなくしたり矯正したりすることではなく、多様な発達のあり方がどのように形成されるのかを理解し、それぞれの子どもが力を発揮できる環境を整えることにある」
クロスビー氏もまた、ADHDの遺伝的要因に加え、幼少期のトラウマが影響を強める可能性に言及する。「ADHDのある人がトラウマの影響を受けやすいのか、それともトラウマがADHDの発症を促すのかは、現時点でははっきりしていない」
MRI技術は現時点で日常的なスクリーニングに広く使われているわけではないが、今回の研究が、より的確で効率的、かつアクセスしやすい子どもの脳の健康評価ツールの開発につながることを、研究チームは期待している。
「将来的には、より簡易で低コストな手段として、コンピュータ化されたテストや、脳活動を測定できるウェアラブル機器、さらには詳細な評価が必要な子どもを見極めるための質問票などが考えられる」とマッキントッシュ氏は述べる。
「脳の測定結果と行動、あるいは他の測定しやすい指標との関連性を探ることで、より身近なツールを使って子どもの脳の健康状態を評価できるようになる」
さらにマッキントッシュ氏はこう付け加える。「脳の発達を信頼性高く把握するのに必要な『最小限のデータ』を突き止めたい。それができれば、都市部だけでなく、地方や遠隔地の地域にもこうしたツールを届け、できるだけ早期から子どもを支援することが可能になる」
研究チームは、今後より幅広い年齢層を対象とした長期的な研究を進めることで、脳の発達が時間をかけて注意力にどのような影響を及ぼすのかを、より明確に把握できると述べている。
また、対象者の数を増やし、多様な背景を持つサンプルを含めることで、研究成果の汎用性も高まることを期待している。
Reference
Rokos, L., Bray, S. L., Neudorf, J., Samson, A. D., Shen, K., & McIntosh, A. R. (2025). Examining Relationships between Functional and Structural Brain Network Architecture, Age, and Attention Skills in Early Childhood. eNeuro, 12(7). https://doi.org/10.1523/ENEURO.0430-24.2025
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