日本サッカー協会は2回目のワールドカップ(W杯)自国開催を構想している。課題の一つがスタジアムだ。韓国と共催した2002年大会からW杯に必要な施設基準は見直され、日韓大会で使った『負の遺産』といわれるスタジアムのアップデートは不可欠と言える。

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 そもそも、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックを巡る不祥事などで大規模イベント招致への理解が得にくい時代。再びW杯を開くには、どんな視点が必要か。間野義之・びわこ成蹊スポーツ大学大学院スポーツ学研究科長(スポーツ産業政策)に聞いた。

 ――2002年W杯は招致段階では15あった会場が10に絞られました。大会に合わせて新設、改修されたスタジアムは、その多くで後利用の難しさが指摘されています。

 「正直なところ、10会場で済んでよかった。多ければ、負の遺産が増えていた。1993年にJリーグが始まったばかりで、サッカーに対する社会的な評価もそれほど高くなかった時代の産物であり、98年W杯に初出場して初めてW杯を見知ったばかりで、スタジアムへの理解が不十分なまま着手せざるを得なかった。振り返れば、立地を含めてもったいなかった。研究者の間では、(個性がなく単一化された)『コンクリート・ドーナツ』をたくさん造ってしまったと言われている」

 ――2000年代に入って欧米ではスタジアムに関する議論が進み、考え方が大きく変化していく時代での開催という巡り合わせでした。当時の日本はガラパゴス化していたとの声もあります。

 「当時から負の遺産になることもある程度予見されていた。ただ、スタジアムは利益を生み出さない『コストセンター』と認識されていた時代だった。税金で赤字を補塡(ほてん)すべき純公共財だと思い込んでいた。振り返れば、もう少し海外のスタジアムを研究して、みんなが世界を知った上でやればよかったという後悔がある。今は常識となっている街中での立地や多機能複合型、試合開催日以外の日常利用などについて十分に議論されていなかった。日本は知らなすぎた」

 ――イングランドなどでは2000年代に入って新しい発想のスタジアム建設が進みました。ホテルやVIPルーム、会議施設を内部に設けた複合型が主流となりました。国内では東日本大震災の影響もあり、災害時の避難施設や物資貯蔵の機能が注目されています。

 「スタジアムはスポーツが開催されない日の方がはるかに多い。J1リーグ戦の本拠地ならホームゲームは年間19試合しかない。残りの346日をどうするのか。スタンド下などの日常利用も併せて考えれば、誰もが使える立地が必要になる。移動に時間がかかる場所に造っても、いざというときに避難所としても役に立たない」

 「国内でも、ここ20年ほどで規制緩和が進み、スタジアムの考え方も変化している。Jクラブが指定管理者として運営するケースが増えた。近年はさらに民営化が進み、コストを最小限に抑えようとなっている。だが、音楽ライブやコンベンションなど汎用(はんよう)性が高い全天候型のアリーナに比べて、屋根のないスタジアムは『稼ぐ』ことが難しい面はある」

 ――北海道ボールパークFビレッジ、長崎スタジアムシティなどホテルや商業施設、オフィスを併設した多機能複合施設が増えています。「ハコ」自体を劇的に変えられないならば、周辺環境を含めたソフト面の充実が黒字を維持するための鍵になりそうです。

 「やはり、試合がない日にもどれだけ人を集められるかという議論に帰結する。稼働率を高めるためにVIPルームやエグゼクティブシートなどホスピタリティー施設を充実させて価値を高めることが必要だ。そうすれば、施設や設備の命名権(ネーミングライツ)も高くなる。契約に基づき長期的に入ってくる固定収入、COI(contractually obligated income)を増やす仕組みが大事になる」

 「スタジアム自体を変えられないのなら、試合の前後も楽しめる観戦環境に変えるような工夫も必要だろう。欧米では試合だけでなく、精神的な一体感や高揚感など試合前後も含めて一日を楽しむ。その点で、私もアドバイザーとして関わってきたJ2所属のV・ファーレン長崎の本拠地、長崎スタジアムシティは面白い施設だ。これからは点ではなく、面で考えていくことが求められる。現実的には、自治体には投資する体力はもうないので、民間投資を活用していくことだ。民地民設民営の長崎スタジアムシティが利益を上げて成功すれば、地方創生の先駆的な一例として、ほかの地方都市にも明るい未来が見えてくると思っている」

 ――02年W杯はサッカー界に限らず、社会に大きなインパクトを与えました。国際交流など金額では換算できない遺産を残したことも間違いありません。一方、国際サッカー連盟(FIFA)が拡大を進めるW杯は、持続可能性や環境負荷の点で批判されています。2回目のW杯自国開催をめざす上で、日本にはどんな視点が求められるのでしょうか。

 「目を向けるべきは、祭りの後だ。開催後にも稼げるような持続可能性を担保していく。多機能複合型、街中立地のスマート・ベニューに変えていく。そもそも、FIFAの示すW杯の会場基準(開幕戦や決勝戦は8万人規模、グループステージ~準々決勝は4万人規模など)の見直しも当然必要だろう。例えば、02年に使った(約5万人収容の)宮城スタジアム(現キューアンドエースタジアムみやぎ)を改修しても、国民の理解は得られないと思う。大量の税金を当てにする考え方では無理がある。その点で単独開催は厳しく、他のアジア諸国との共催が現実的ではないか。海外では五輪開催を問う住民投票で否決されるケースもあった。W杯開催の可否も住民投票に持ち込まれる可能性が高まってきているのではないか」

連載 日本サッカー考

来夏のW杯で過去最高の8強、そして優勝をめざすサッカー日本代表。そのために必要な日本サッカー界の課題を、様々な側面から掘り下げる連載です。今回はスタジアム編。これまでの「世界一を問う」「ストライカー」「大学サッカー」もこちらからお読みいただけます。

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