那覇市では、各中学校ごとに行われた記念式典。那覇中学校では、広島東洋カープの3年目を迎える仲田侑仁選手が出席しました。

▼広島東洋カープ 仲田侑仁選手
「自覚を持って成人してプロ野球選手という立場でもあるので。久々に会う人と
たくさん話せたらいいなと思います」
沖縄尚学高校時代には、世代を代表するスラッガーとして活躍。3年時には、春のセンバツと夏の甲子園でホームランを放ち、広島東洋カープからドラフト4位指名をうけました。

プロ2年目の去年は1軍キャンプに帯同し、2月にはプロのユニフォームで沖縄凱旋を果たすも、シーズン中の公式戦出場はなし。ファームでも86試合でホームラン0本に終わり、試練の1年間を過ごしました。
▼広島東洋カープ 仲田侑仁選手
「昨シーズンは悔しい思いで終わったので、今シーズンこそは1軍で出場できるように。3年目で勝負の年なので、なんとか食らいついてやっていきたいなと思います」
気持ちを新たに迎える、3年目のシーズンを前に―。母校での「はたちの記念式典」では、かつての仲間や恩師と再会し笑顔を見せました。

▼3年生時の担任 金城和里先生
「みんなから慕われる侑仁さんでした」
――いたずら好き?
「あぁ、もう。はい。みんなと仲良く、頑張ってました。よく連絡もくれて、感謝とかも伝えてくれるので、これからもけがに気を付けて頑張ってほしいです」
式典中、1人1球ずつ、ボールに抱負を書き込むプログラムでは―。
▼広島東洋カープ 仲田侑仁選手
「勝負の世界なので、勝負に勝つという思いで書きました」
節目の日、つかの間の里帰りで感じた、新たな決意を胸に。勝負の1年を制するべく、スタートを切りました。

▼広島東洋カープ 仲田侑仁選手
「本当に中学校から夢だったので。広島で活躍して沖縄の人達にも届くような
活躍ができたらいいなと思います。とりあえずキャンプでアピールして、1軍に11日でも長くいられるような選手になるのが目標です」


初めてのネイルにピアス、そして母も着た振袖に身を包み、節目の日を迎えた名桜大学2年、ウエイトリフティングの比嘉成。旧階級の55キロ級ではスナッチの日本記録を持ち、去年の世界ジュニア選手権では5位入賞。2年後のロスオリンピックを目指す逸材です。
地元名護市の式典に参加した比嘉は、二十歳の代表として、こんな誓いを立てました。

▼名桜大学2年 比嘉成さん
「私はこれからも競技を通して挑戦を続け、2028年ロサンゼルス五輪、2032年ブリスベン五輪でメダル獲得という目標に向かい、努力を積み重ねてまいります。そしてその姿をもって支えてくれた方々への恩返しができるよう精進していくことをここに誓います」
式のあとは友人たちと記念撮影をするなど、二十歳らしい笑顔を見せた比嘉。オリンピック選考も始まる今年の目標をこう語りました。
▼名桜大学2年 比嘉成さん
「今年は進化する年にしたいです。去年おととしと、なかなか活躍することができなくて、すごく自分の中でもいろいろな思いがあったんですけど、今年は新階級にもなったり、いろいろ変化があるので、そこで進化した姿を皆さまに披露できるように頑張りたいと思います」
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