
2025年度朝日賞と第52回大佛(おさらぎ)次郎賞、第25回大佛次郎論壇賞、第7回大岡信賞、25年度朝日スポーツ賞の合同贈呈式が29日、東京都千代田区の帝国ホテルで開かれた。朝日賞の妹島和世さん、吉田裕さんらが喜びを語り、朝日スポーツ賞の小田凱人さんはビデオメッセージを寄せた。
- 朝日賞・大佛次郎賞・大佛次郎論壇賞・朝日スポーツ賞など贈呈式開催

朝日賞の建築家・妹島和世さん
40年近く前に事務所を開設してから、公園のような建築をつくりたいと考えてきました。建築の設計は、ある意味で境界を定義することだと思います。公園のような建築とは、内部と外部をつなぐ開かれた建築だと考えています。
公園には様々な年齢層の異なる目的を持った人々がいます。人々がおのおのの時間を楽しみながら、同時に、そこにいるみんなでともにこの場所にいることを感じることができる空間だと思います。
金沢21世紀美術館は(建築ユニットSANAAを組む)西沢立衛との共同設計です。みんながどこから来ても迎え入れられる建物にしたいと、表裏のない丸い建物にし、四つのエントランスを設けました。ギャラリーを巡り、中庭広場に出ると、金沢の街の風景や空が見えます。美術館はこの20年間で色々な使われ方が発見されていきました。
建築は本当に多くの人々との協働で出来上がります。みなさまに、この場を借りて御礼申し上げます。
せじま・かずよ 1956年生まれ。日本女子大学・同大学院で学び、伊東豊雄建築設計事務所に勤務後、独立。ルーブル美術館の分館など海外の作品も多く、2025年は香川県立アリーナがオープン。横浜国立大学名誉教授で、東京都庭園美術館長。
◇透明性豊かな、人々が集う開かれた建築の実現

朝日賞の歴史学者・吉田裕さん
私は戦争体験の継承という問題にこだわり続けてきた研究者です。継承に努力されてきた多くの方々を勝手に代表して、賞をいただくことにしました。
現在、戦後生まれが全人口の9割を占めています。あの無残で悲惨な戦争を二度と繰り返してはならないという体験に基づく実感が日本の平和意識を支えてきました。体験者の減少によって、その基盤が大きく揺らいでいます。戦争体験をどのようなかたちで継承できるのかが鋭く問われていると思います。
1世紀近い歳月が流れているにもかかわらず、戦争の検証、総括が不十分です。政府は長い間、日中戦争以降、敗戦までの全戦没者数を310万人としてきました。根拠は不明です。しかし最新の推定では、軍民合わせて376万人です。最近では、戦争体験者個人が所蔵する日記などが散逸する深刻な問題も起こっています。私はもうかなりの「老兵」ですが、しっかりと残された課題に取り組みたいと思います。
よしだ・ゆたか 1954年生まれ。歴史学者、一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長。専門は日本近現代軍事史・政治史。著書に「兵士たちの戦後史」「昭和天皇の終戦史」、共編著に「岩波講座 アジア・太平洋戦争」など。
◇「アジア・太平洋戦争」の実態解明と戦争体験の継承

朝日賞の理化学研究所プログラムディレクター・永長直人さん
私の専門は、物質の性質を理論的に調べるというものです。物質の性質は、その中に膨大にある電子という素粒子が決定しています。この電子の振る舞いを、量子力学を使って解き明かしています。
例えば磁石なら、冷蔵庫にくっつくような磁石だけでなく、実はさまざまなタイプの磁石が存在します。そして、その中の電子の運動は、ちょうど電場や磁場の下での運動と似たようなものになることを見いだしました。特に電子は自転に対応するスピンという属性があり、このスピンに依存した重心運動があることを突き止めました。
学生時代は卓球部でした。卓球は球の回転と軌道運動を組み合わせる。いまの研究テーマそのものです。
量子力学は、発展途上で未完の学問です。私もわかったような顔をしていますが、正直、なかなか腑(ふ)に落ちない。禅問答のようで、すぐにわかるわけはありません。このもやもや状態を少しでも解消したいと思っていますが、おそらくどこまで行っても新しい疑問が出てくると思います。
ながおさ・なおと 1958年兵庫県生まれ。80年東京大学工学部卒、83年同大助手、86年理学博士号取得。同大教授などを経て、2024年から理化学研究所基礎量子科学研究プログラムディレクター。05年仁科記念賞、18年紫綬褒章など。
◇量子物質における創発電磁気学の開拓

朝日賞のデンソーウェーブ主席技師・原昌宏さん
1992年にQRコードの開発を始めた当時はバーコードが主流でした。しかし、より多くの情報を扱える次世代コードが必要になりました。
QRコードは、縦横の2次元に情報を持ち、バーコードの約200倍の情報を記録できます。さらに、最大30%の汚れにも耐えられる誤り訂正機能を備えています。
読み取り精度を高めるために三つの隅にファインダーパターンを配置し、位置や傾きを特定して全方向から高速で読めるようにしました。
94年に誕生したQRコードは、工場や物流から始まり、SNSの普及とともに日常生活に浸透し、社会インフラとなりました。
普及の理由は、誰でも読みやすいコードを作り、進化させ続けたこと、特許をオープンにし標準化で安心して使える環境を整えたこと、新たな用途をユーザーとともに開拓したことです。今後もQRコードを進化させ、より便利な社会を目指していきます。
はら・まさひろ 1957年、東京都出身。80年、法政大学工学部卒業後に、日本電装(現デンソー)に入社。2012年、デンソーウェーブに転籍。日本、欧州、米国の発明賞のほか、23年学士院賞・恩賜賞。日本棋院の囲碁大使も務める。
◇QRコードの開発

大佛次郎賞の小説家・木内昇さん
「雪夢往来(せつむおうらい)」は、越後の商人、鈴木牧之(ぼくし)が、土地の風俗を描いた「北越雪譜」を刊行するまでの物語です。寿命が50年といわれた時代に、刊行まで40年かかっています。
誰の人生もいつでも思うとおりに、前に進めるわけではありません。思わぬ足止めを食らったり、自分と関係のないところで道を阻まれたりすることはあります。しかし停滞は無や空白ではないのです。正しく待つには技術や経験値が必要で、ここぞというタイミングを見極める準備の時間だと思えば停滞は停滞でなくなるのかもしれません。
私自身、停滞と思える期間がありました。作家は浅ましいもので、そんなときもネタになるな、と考えてしまう。負の感情も生きているうちしか味わえないわけで、いろんな事象を引き受けて味わうことで、平凡な日々も案外、思いがけない光をまとうように感じています。
きうち・のぼり 受賞作は「雪夢往来」。1967年生まれ。出版社勤務を経て2004年、小説家デビュー。2011年に「漂砂のうたう」で直木賞。14年に「櫛挽道守」で柴田錬三郎賞など。「奇のくに風土記」で泉鏡花文学賞。

大佛次郎論壇賞の駒沢大学教授・熊本史雄さん
大東亜共栄圏というと軍部の暴走などとされますが、受賞作では、外務官僚らが日露戦争後に生み出した満蒙概念を起点とした地域秩序観と捉えました。官僚らが国益を追求して選択した行為が戦争につながった点を重視しています。思想は目に見えないだけに、危機の進行を感じ取れない。今も破滅に向かう誤りがエリートの間で進行しているかもしれません。
政治学者ハンス・モーゲンソーは「慎慮なくして政治的道義はありえない」と唱えました。米国やロシア、中国がナショナリズムとエゴイズムをむき出しに、国際社会が培ってきた平和的秩序を解体しようとする様は、100年前の日本に重なって見えます。慎慮の発揮される世界、未来であってほしいです。
この本の執筆過程で、ステージ3のがんと診断されました。不安の中で、一章書くごとに魂が救済されました。書くことは生きることそのものでした。この受賞は、私の魂の救済に対してもらった大きなご褒美です。
くまもと・ふみお 受賞作は「外務官僚たちの大東亜共栄圏」。1970年、山口県生まれ。専門は日本政治外交史。外務省外交史料館などを経て、駒沢大学文学部教授。

大岡信賞の詩人・究極Q太郎さん
幼い頃から詩を書いてきましたが、この本が初めて書籍となった詩集です。詩壇の中でも名前が知られた存在ではありません。当然このような賞を賜ることも初めてです。私が無名であるにもかかわらず選んで下さった選考委員の方々の一視同仁に敬意を表したいと思います。
長年、重度障害者の介護を仕事とし、その傍らで社会に行き渡る優生思想を見つめてきました。詩を読み書くというふるまいは、見落とされたり、偏見によって眩(くら)まされたりしているものをすくいあげるような営みで、世に行き渡る価値観に逆らうようなマイナーな行為だと思いますが、ヘゲモニーを取るものがいつも必ずしも正しくも美しくもなく、それが一種危険な過ちの様相を呈している時には、それにあらがうものの中にこそ見るべきものがあり、やがて形勢を逆転させる力が雌伏していると信じています。
きゅうきょく・きゅうたろう 受賞作は「究極Q太郎詩集 散歩依存症」。1967年生まれ。86年、現代詩手帖賞を受賞。障害者介護に携わっている。

朝日スポーツ賞の車いすテニス選手・小田凱人さん
この度、朝日スポーツ賞を受賞することができて、すごくうれしく思っています。
オーストラリアに遠征中のため、贈呈式には出席できませんでしたが、朝日新聞には僕がタイトルを取る前から取材していただき、幅広い方々に向けて情報を発信してもらいました。
これからも、みなさんが想像できないことやビジョンを実現しようと思っているので、力を添えていただければと思っています。
今シーズンは、4大大会すべてで優勝する「年間グランドスラム」の達成に向けて動いています。まずは、4大大会初戦の全豪オープンで優勝します。ぜひ、これからも応援をよろしくお願いします。
おだ・ときと 2006年生まれ。愛知県一宮市出身。17歳35日で史上最年少の世界ランキング1位に。

朝日スポーツ賞特別表彰の東京2025デフリンピック運営委員会 久松三二委員長
日本選手団の皆さんが非常にすばらしい活躍をしてくれました。とても誇りに思っています。
デフリンピック運営委員会の職員の半分は、全国の自治体から派遣された公務員です。また、東京都や東京都スポーツ文化事業団の方と一緒に大会運営を担ってきました。
聞こえる人がたくさんいる中、聞こえない人とともに活動を進めていきました。たくさんけんかもしましたが、一緒に働く、共に生きる意味を理解していただけたのではないかと思います。
今回の受賞を機に、私たちは、聞こえない人だけではなく、様々な障害のある方、ない方が、ともに豊かに暮らしやすい社会を作りあげることに向けて、邁進(まいしん)していきたいと思っています。
朝日スポーツ賞特別表彰の東京2025デフリンピック日本選手団 山田真樹さん(デフ陸上)
多くの情報が音で伝えられる中、私たちは日々、見えない壁に直面しながら生活し、競技をしています。東京大会では、多くの人が「同じ場所にいても、受け取っている情報が違う」ということに気づいてくれました。そして、伝え方をほんの少し変えるだけで、同じ景色を共有できるということも。
違いがあることを前提にすれば、誰もが参加できる社会は実現できる。この大会を通して生まれた気づきや共感が、社会の中で生き続けていくことを願っています。
朝日スポーツ賞特別表彰の東京2025デフリンピック日本選手団 小倉涼(デフ空手)
東京2025デフリンピックを通じて、デフスポーツに対する認知がこれまで以上に大きく広がりました。
この大会をきっかけに、ろうの子どもたちが「自分も何かに挑戦してみたい」と思えるようになり、その挑戦の第一歩を、周囲が自然に受け入れ、応援できる社会に変わっていくことを願っています。
聞こえないことが挑戦の壁になるのではなく、周囲の理解や環境が整うことで、可能性は大きく変わると信じています。
このような賞をいただけたのは、デフスポーツ界に対する評価として、大変励みになります。
〈デフリンピック運営委と選手団〉
聞こえない・聞こえにくい選手の国際大会「東京2025デフリンピック」で、日本選手団は過去最多となる51個のメダルを獲得。デフリンピック運営委員会と選手が一丸となり、デフスポーツの特性や聞こえないことへの社会の理解を深める活動に力を尽くした。
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