それは、あの頃と変わらない、心待ちにしていた本を丁寧にめくっていくような瞬間だった。
「先発ピッチャーは栗林」

場内アナウンスがこだまする。一塁ライン際で背番号20が深々とお辞儀をする。スタジアムを真っ赤に彩ったファンが見守り、拍手を送る。
3月29日。広島東洋カープ・栗林良吏投手(29)が、まっさらなマウンドに上がった。
私にとっては懐かしい光景でもあった。というのも私は栗林投手の名城大学野球部の1つ後輩にあたり、先発のマウンドに立つ姿を何度も目にしてきたから。

ふだんは、CBCテレビで放送しているドラゴンズの応援番組「サンデードラゴンズ」のディレクターをしている。今回は少しだけわがままを言って、先輩の記事を書かせていただく。
なぜなら栗林さんは、そんなに野球もうまくないただの大学生だった私を気に掛けてくれる優しい心の持ち主だから。そしてそれは、今も変わっていなかったから。
失意のドラフト指名漏れ… 真っ先に口にしたのは

「これだけ会見場に報道陣など、たくさんの人が集まってくれたのに申し訳ない」
本当はすごく悔しいはずなのに。こんなコメントを残せる人だった。
その週末の試合、何かがプツンと切れたように栗林さんの投球は乱れ、名城大学での野球生活に幕を下ろした。
忘れられない“あの笑顔”
あれから2年の時が流れ、トヨタ自動車に進んだ栗林さんは再びドラフトで指名されるのを待った。私はこの時、社会人1年目のディレクターとして栗林さんの取材に行くことになった。
もう大学生の頃とは違い、お互い社会人。立場や関係性が変わっていたのにドラフト会議直前、先輩は私にジュースをご馳走してくれた。

「栗林さぁ~ん!やったよぉ~!」叫んだ“最年少侍”は
その後の活躍は皆さまご存じの通り、新人王に輝き、東京五輪では胴上げ投手にもなった。唯一、ほろ苦い記憶があるとすれば、2023年のWBC。侍ジャパンのメンバーとして日の丸を背負ったが、準々決勝進出を決めた後、腰の違和感を訴え緊急離脱。
チームはアメリカラウンドでの激戦を制し、世界一を奪還。日本中が歓喜に包まれた瞬間、「栗林さんはどんな気持ちで過ごしているんだろうか」と思ってしまった。そんな時、テレビの画面に栗林投手の日本代表のユニフォームが映った。
「栗林さぁ~ん!やったよぉ~!」
背番号20のユニフォームを掲げて呼びかけていた若武者は、ドラゴンズ・髙橋宏斗投手(23)だった。
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