「ママアスリート」と呼ばれる女子100mハードルの寺田明日香選手。出産を経て35歳になった今も、トップレベルで戦い続ける一方、子育てに伴う葛藤もありました。家族と歩んだ挑戦の日々です。
元日本記録保持者の“天才少女” 早期引退の理由

女子100mハードルの元日本記録保持者・寺田明日香選手(35)。日本記録を3回更新し、東京オリンピックや世界陸上にも出場したトップランナーだ。
そんな寺田選手には、1人娘の果緒ちゃんがいる。「ママアスリート」とも呼ばれている。7つ年上の夫、佐藤峻一さん。寺田選手の競技人生を家族で支えてきた。

女子100mハードル 寺田明日香選手
「みなさんそうだと思うんですけど、ごはん作って、子どもと一緒に勉強して、本当に普通のお母さんをしているので。普通のお母さんで、ちょっと消費カロリーが多いくらいの感じ」
あっけらかんと話すが、笑顔の裏には、覚悟がある。
寺田選手
「あんまり弱ったお母さんは見せたくないんですよ、果緒(娘)にも佐藤(夫)にも。元気なお母さんでいたいの、私。これが普通です」
高校時代は全国大会を3連覇し、“天才少女”と呼ばれた。日本選手権も3連覇。19歳の若さで世界陸上にも出場、メディアからの注目度は高まるばかりだった。しかし…
ケガで走れない日々が続くと、ストレスやプレッシャーが重なって、拒食症に。23歳の若さで引退を決めた。目標だった、ロンドンオリンピックの出場は叶わなかった。
寺田選手
「トラックを見るのも嫌で、走ってうまくいかないのもわかってるんですよね。何が悪いのか考えられなかったし、陸上に対して考えたくなかった。『陸上のことを考えたくない』という感じでした」
引退後は、陸上から完全に離れ、大学に進学して子どもの福祉を学んだ。

寺田選手
「普通に働いて、普通の生活がしたいなって思っていました。3か月くらい実家にいて、何もせず、友達と普通に会って、遊んだりとか」
4年ほど交際してきた、日本陸上競技連盟の元職員、佐藤峻一さんと結婚。そして授かったのが、娘の果緒ちゃんだ。
寺田選手
「名前辞典とか見ていた。『一緒』の『緒』を佐藤(夫)が使いたいとなって。“人と人をつなぐ・ご縁”という意味を持つ」
幸せな日々を過ごすなかで、走ることへの嫌悪感は薄れていった。娘が2歳になった頃、ある“転機”が訪れる。
“ママアスリート”寺田明日香選手の挑戦
「7人制ラグビーをやらないか」と誘われたのだ。
寺田選手
「チームのトレーナーにうまく口説かれて…じゃないけど、『俺も一緒に頑張るから、お前試しにやってみろ』みたいな感じで。軽い感じで言ってくれたので、私も軽い感じで『わかりました』って。怖さとか、重圧感とか責任感とか皆無のなか始めた」
背中を押したのが、娘・果緒ちゃんの存在だった。

寺田選手
「ママ行ってくるね。チューは?」
夫・佐藤峻一さん
「果緒、バイバイって」
果緒ちゃん
「ばいばい」
寺田選手
「行ってきます」
家を出ると、抑えていた想いがあふれてしまう。

寺田選手
「母親になると涙もろくなるんですよ。昨日、保育園を見に行ったんですけど、めっちゃ泣いちゃって」
「いつもこんな感じです。まだちょっと後ろ髪をひかれる感じで出て。1人でポロポロ泣きながら電車に乗ってる時もあるので。彼女より私の方が寂しいかもしれない」

そんな中、峻一さんがSNSに投稿した1枚の写真が波紋を呼んだ。疲れ切って床に倒れ込んだ寺田選手の姿に、知り合いの男性から厳しいコメントが。
SNSのコメント
「自分より子どもを優先してほしいと思います」
「子どもは頑張っている姿がわかる年齢ですか?」
「母親の愛情と別の人の愛情は同じですか?」
「なんのためにオリンピックに出るのですか?」
寺田選手
「やっぱり傍からみると、『子どもを置いてやる意味があるのか』と思う方ももちろんいらっしゃると思うので。そういう『母親がいないとダメだろ』って思ってる人たちにも、『そうじゃないんだよ』っていうことを伝えていけたらなというか。中途半端で全部やってないよってことを見てほしいなとは思います」
陸上競技に再挑戦 母としての葛藤
2019年、ついに陸上競技に復帰した。ラグビーを経験したことで、走る楽しさに改めて気づけたからだった。復帰直後、寺田選手はいきなり結果を出した。

引退前は基本、週に6日練習し、休みは1日だけというスケジュールだった。だが、陸上に復帰してからは、午前と午後の2部練習を取り入れ、休みを3日に増やした。そうすることで、家族と過ごす時間や、身体の回復に充てられるようになった。
寺田選手
「限られた時間の中で、どう効率的に動くかっていうのもすごく考えますし、それが逆にいいかなって思うんですけど。練習できない日もあって、天気がよかったら、『今日練習だったらよかったのに』と思ったりとか、『早く走りたいな』と思う日があるので。それは1回目の陸上選手の時と違う心境、心の変化かなと思います」
2021年、念願の東京オリンピックに出場。日本人として21年ぶりとなる、準決勝進出を果たした。
夫の峻一さんは保育園の送り迎えや、習い事に付き添うなど、育児を手分けしてきた。寺田選手の成長をこう語る。

夫・峻一さん
「人生経験を積んでたくましくなったと思いますし、元より速くなるというのは信じられないというか。奇跡に近いなと思いますね。引退した時は、オリンピックに出られるなんてまったく思ってなかったから」
しかし、今も出産・育児との両立を諦める女性アスリートは多い。
中学・高校・大学生を対象に、2025年に行われた調査では、「社会人になっても競技を続ける」と答えたのは、男性が10%。それに対し、女性はわずか1%だった。

【現在もやっているスポーツを続けるか】
▼男性
・引退を待たずに辞める:11.0%
・引退まで続ける:56.0%
・進学先の部活動で続ける:15.0%
・進学先のサークルなどで続ける:3.0%
・就職後もプロ・社会人アスリートとして続ける:10.0%
・就職後、サークルなどで続ける:5.0%
▼女性
・引退を待たずに辞める:13.0%
・引退まで続ける:66.0%
・進学先の部活動で続ける:6.0%
・進学先のサークルなどで続ける:7.0%
・就職後もプロ・社会人アスリートとして続ける:1.0%
・就職後、サークルなどで続ける:7.0%
SMBC「SOLUACTION!プロジェクト」調査より(男女各100人ずつに調査)
続けない理由のひとつとして、約8割が「結婚や出産・育児などのライフステージとの両立が難しそう」としている。
「なぜか涙」ママアスリートの叫び
“ママアスリート”という言葉は頻繁に使われるが、“パパアスリート”とは呼ばれない。
2025年3月に開かれたのは、「ママアスリート」が集まる座談会だ。周囲の悪気の無い言葉に傷ついてきたという。

女子バレーボール元日本代表 荒木絵里香さん(娘11歳)
「長期で合宿をしていて、毎日のように食堂に行くじゃないですか。おばちゃんに、『あなた毎日いるけど、子どもはどうしてるの?夏休みでしょ、子どもと一緒にいなさい』と言われた。なぜか部屋に戻ったら涙が出た。なんの涙なんだろうと考えた時に、(子どもを)置いていっていることに対しての罪悪感とか、傷ついた部分があって」
「“ママアスリート”という言葉がなくなるくらい、当たり前の存在にしたい」と寺田選手は話した。
寺田選手
「19歳の時にベルリンの世界陸上に出場して、その時アフターパーティーみたいなのがあって、海外の選手が子どもたちも一緒に連れてきていた。『こういうところに子どもを連れてきていいんだ』と思ったし、逆になんで日本の選手って『子どもを産んでから復帰する』という考えがないんだろうと」
その寺田選手が大きな決断を下した。
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