東京2025世界陸上メダル候補の川野将虎(26、旭化成)が、取材に応じた(取材は8月上旬)。昨年10月の全日本競歩高畠大会35km競歩で2時間21分47秒と、当時の世界新をマークし代表内定を決めた。川野は21年の東京五輪50km競歩6位、22年のオレゴン世界陸上35km競歩銀メダル、23年のブダペスト世界陸上35km競歩銅メダルと実績を残してきたが、出場種目は大会後半に実施されてきた。それに対し今大会は、男子35km競歩が初日13日の最初の種目として行われる。日本チームのトップバッターとして、川野はどんな思いを持って臨もうとしているのだろうか。
世界記録を破られ「チャレンジャーとして臨める」
Q.川野選手の世界記録を今年3月に、E.ダンフィー(34、カナダ)選手が2時間21分40秒と7秒更新し、5月にはその記録をM.スタノ(33、イタリア)選手が2時間20分43秒と大幅に更新しました。どう受け止めていますか
川野選手:
2月には20km競歩で、山西利和(29、愛知製鋼)選手が1時間16分10秒の世界新を出していて、競歩界に記録を出す流れができていると感じました。35km競歩の記録もどこかのタイミングで抜かれるのだろう、と予想はしていましたね。ダンフィー選手もスタノ選手も、簡単に勝たせてもらえる相手ではないと、改めて認識しました。これまでもオレゴン世界陸上など、チャレンジングな気持ちでメダルを取りに行きました。東京世界陸上も世界記録保持者としてではなく、チャレンジャーとして臨めることはポジティブにとらえていますし、練習にも前向きな気持ちで取り組めています。
Q.しかし6月のラコルーニャ(スペイン)の世界陸連グランプリ20km競歩では、山西選手には4秒差の2位でしたが、4位のスタノ選手と10位のダンフィー選手には勝っています
川野選手:
35km競歩とは競技特性が違いますが、スピード感をチェックすることと、昨年10月から試合に出場していなかったので、レース勘を戻していくこと、そして世界陸上を狙う選手が多く出る中で、自分が現状でどこまで戦えるかを確認することが目的でした。山西選手と4秒差だったこと、スタノ選手とダンフィー選手にしっかり先行できたことは、収穫だったと思います。
Q.スタノ選手、ダンフィー選手とはどんなやりとりがありましたか
川野選手:
スタノ選手は山西選手がペースアップした15~16kmくらいで集団から後れたのですが、「最後の1kmのラップはオレの方が速かったぞ」と言っていましたね。東京世界陸上に向けて内心、燃えたぎっているものがあるのだと感じました。あと写真も、35km競歩の世界記録を更新した3人で撮りました。お互いにリスペクトしていますし、東京世界陸上では間違いなくライバルになるので、すごく意識しています。(※)
Q.その2人は日本の競歩界と深い関わりがありますが(※※)
川野選手:
自分の世界記録を抜いていったのが、尊敬できるスタノ選手とダンフィー選手の2人でよかったと思っています。日本の競歩界を語る上で欠かせない2人ですし、自分の気持ちに火をつけてくれました。一緒に競歩界を盛り上げたい気持ちですね。その2人と東京世界陸上でマッチ(勝負)をつけられることは、すごく光栄に思います。
(※)スタノは東京世界陸上を欠場することを自身のSNSで表明した。
(※※)ダンフィーは16年リオ五輪レース中に荒井広宙と接触し、一度は荒井が妨害したとして失格が宣告された。だが日本チームの抗議で失格が取り消され、荒井の銅メダルが確定。競歩種目日本初の五輪メダルとなった。その後の2人は友好関係を築き、ダンフィーは日本の大会にも出場している。スタノは東京五輪20km競歩(札幌開催)で池田向希(27、旭化成)と山西を破って優勝した選手。翌22年のオレゴン世界陸上35km競歩では、川野を1秒差で破って金メダルを獲得した。近年は山西と練習をすることも多く、合宿のため今年2月にも来日している。
先頭集団で冷静な歩きをして集中力を高める
Q.世界記録のときは従来の薄底シューズではなく、中厚底といえるシューズでした。ラコルーニャもそのシューズでしたか
川野選手:
厚さとしては、中厚底のシューズをラコルーニャでも履きました。高畠では従来の薄底のシューズに厚みを少し足したものを着用していましたが、ラコルーニャはカーボンが入っていて反発性を感じやすいシューズです。理由としては、東京世界陸上に向けてカーボンを試したかったことが大きいですね。歩型の判定や、レース運びにどう影響するかを確認したかったんです。厚底シューズは踵が接地した時に安定感がなく、膝が曲がりやすくブレにつながります。踵の接地感がある今回のシューズを試してみました。ラコルーニャでもスピードの変化に対応できて、苦しいところも乗りきることができましたね。
Q.4月から新しく取り組んでいる動きやトレーニングも、そのシューズを履きこなすことに役立っていましたか
川野選手:
そうです。インナーマッスルで背骨をしっかりしならせて歩きます。背中から殿部、大腿裏にかけての後ろ側の筋肉をしっかり使って、地面を押す動きが重要で、トレーニングもシューズに合わせて行ってきました。ただ、今後の練習次第では、少し違ったシューズに変える可能性はあります。
Q.スタノ選手、ダンフィー選手とも手合わせをしたわけですが、東京世界陸上ではどんなレース展開をイメージしていますか
川野選手:
この地点で、このペースで、という部分はレース戦略に関わりますし、自分のコンディションとも関わってくるので、明言するのは難しいですね。今の段階で言えることは、集団の中であまり動かずに、他の選手の様子もうかがいながら、しっかりと先頭集団の中の歩きを維持し続けることです。それが120%の力を出す集中力につながります。レース中盤では誰が抜け出しても反応できるように、他の選手の動きもよく見ながらレースを進めます。自分が勝負を仕掛けるのは、おそらく終盤になると思います。勝負どころを見極めて、スパートすることが必要になります。
Q.35km競歩は大会初日の8時スタート。大会最初の種目で川野選手たちが、日本選手団のトップバッターになります
川野選手:
オレゴンとブダペストの35km競歩も、東京五輪の50km競歩も大会期間の後半に行われてきました。競歩種目としても20km競歩が先に行われるのが普通です。20km競歩の山西さんや池田のメダル、他種目の選手たちの活躍を見て、自分も頑張ろうと刺激を受けていました。先輩方の背中を追っていくマインドでレースに臨んでいましたが、今回は自分が初日の本当に一発目です。これまでの引っ張っていただいた分を、今回は自分が最初に結果を出すことで20km競歩や、日本チーム全体に良い流れを作りたいと思っています。陸上界を引っ張ってやるんだ、というくらいの気持ちでメダルを、さらには今まで取ったことのない色のメダルを目指して頑張っていきたいと思います。
■写真は今年6月7日にスペイン・ラコルーニャで行われた世界陸連グランプリ競歩(20km競歩)で、一堂に会した35km競歩の新旧世界記録保持者3人。左から川野、スタノ、ダンフィー<写真提供:川野将虎>
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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