東京2025世界陸上3日目で、今大会初の世界新記録が誕生した。男子棒高跳のA.デュプランティス(26、スウェーデン)が6m30と、自身が持っていた記録を1cm更新し、国立競技場は熱狂の坩堝と化した。デュプランティスの偉業で思い出されるのは、1980~90年代に世界記録を17回更新したS.ブブカ(ソ連→ウクライナ)だ。34年前の91年東京世界陸上の金メダリストでもある。2人のレジェンドは似ている点も多いが、実は違いもある。2人の戦績を中心に説明する。
ブブカの“1cm刻み”世界記録更新をデュプランティスが踏襲
ブブカの世界記録更新は1984年5月の5m85に始まった。同年8月に一度別の選手が世界新をマークしたが、同じ試合でブブカがその記録を更新したので、世界記録保持者の座を奪われたのは数分か、数十分だった。
翌85年に6m00と、人類初の6mの大台をクリア。88年の6m05からは“1cm刻み”で更新し、94年の6m14まで計17回も世界記録を更新した。真偽は不明だが、世界新毎にスポンサーからボーナスが出る契約だったから、という説が定着している。ブブカの力は突出していたため、世界記録は20年間破られなかった。14年にR.ラヴィレニ(38、フランス)が6m16と更新したが、ラヴィレニの自己2番目の記録は6m08で、アベレージではブブカに遠く及ばなかった。
それから6年。20年にデュプランティスが6m17と、ラヴィレニの記録を1cm更新。弱冠20歳の若者が、ブブカの“1cm刻み”を再現し始めた。それから5年。25歳となったデュプランティスが、14回目の1cm更新で6m30に到達した。
ブブカとデュプランティス。どちらがすごいかを論じるつもりはないが、少しだけデータを比較したい。ブブカが人類初の6m00を征服した時、世界歴代2位は5m91でその差は9cmだった。ブブカ最後の世界記録の6m14の時は、歴代2位は6m02で差は12cm。それに対してデュプランティスの6m30は、歴代2位のラヴィレニの6m16とは14cm差。更新回数はブブカの方が多いが、歴代2位との差はデュプランティスの方が大きい。
次に比較したくなるのが、デュプランティスの世界記録が何年残るか、だろう。だがこれは、今後もデュプランティスが世界記録を更新し続ける可能性があり、いつになったら比較できるか想像できない。
五輪&世界陸上で世界新を跳ぶデュプランティスと、競り合いに強かったブブカ
2人とも世界陸上には強く、ブブカは1983年の第1回大会から97年のアテネ大会まで、6連勝を達成した(91年東京大会までは4年に一度の開催)。デュプランティスはまだ3連勝だが、オリンピック™ではブブカが88年北京五輪一度しか勝っていないのに対し、デュプランティスは21年東京五輪、24年パリ五輪とすでに2回勝っている。
違いは“勝ち方”で、ブブカは接戦で勝っていた印象がある。2位との差は5cmか10cm。世界陸上6連勝の全てで、ブブカが優勝を決めた高さは2位の選手もトライしているのだ。その高さをブブカだけが成功して優勝を決めている。
それに対してデュプランティスは、東京五輪とブダペストはブブカパターンの勝ち方だが、オレゴン世界陸上、パリ五輪、東京世界陸上と、最後の高さはデュプランティスだけが挑んで成功している。その3試合は世界記録で、ブブカも優勝を決めた後に世界記録にバーを上げたが、五輪&世界陸上ではクリアできなかった。
91年東京世界陸上が、ブブカらしさが発揮された試合だった。ブブカが5m90の1回目を失敗したのに対し、I.バギュラ(ハンガリー)がその高さを1回目にクリアした。ブブカが2回目で跳んでも、同記録で終わった場合は勝つことができない。ブブカは5m90の2回目以降をパスし、次の5m95に勝負をかけた。
バーを上げる種目の走高跳と棒高跳ではときどき見られる駆け引きだが、追い込まれてパスをした選手が、次の高さを先にクリアして逆転するケースはあまり見られない。しかし91年東京世界陸上のブブカは5m95を2回目でクリア。前の高さで1回失敗しているので、最後のチャンスでの成功だった。バギュラがその高さを3回失敗し、ブブカが逆転で3連勝を達成した。
これも今回のデュプランティスと比較できるものではないが、国立競技場の盛り上がりはすごかった記憶がある。ブブカは優勝争いと世界記録への挑戦で大会を盛り上げ、デュプランティスは世界記録に成功することで大会を盛り上げる。
34年の星霜を経て開催された2度の東京世界陸上で、棒高跳レジェンド2人の特徴が余すことなく発揮された。国立競技場は棒高跳の聖地となった。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
*写真は左から25年東京世界陸上のデュプランティス選手、91年東京世界陸上のブブカ選手
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