ひょうで傷ついたとみられる梅干し(中央)。当たった部分が黒く固くなっていることが分かる=和歌山市で2025年5月22日午後10時26分、安西李姫撮影

 収穫量全国1位を誇る梅の一大産地、和歌山県。今年は「ひょう」によるダメージが生産者を悩ませている。4月の降ひょうによる梅の被害額は約47億円。「傷があってもおいしい」とPRして消費拡大を図る一方、長い歴史で築き上げてきたブランド価値を守り抜くにはどうしたら良いのか。産地の葛藤を追った。

「南高梅」発祥地では2年連続の受難

 「天気予報で雷マークが出ていました。『これを乗り切れば今年は大丈夫』と願っていたのですが……」

 梅干し用の最高品種「南高梅」の発祥地・みなべ町。中井貴章さん(33)の畑は、雷とともに襲ってきた4月上旬の降ひょうによって、9割ほどの梅の実が被害を受けた。傷がなく贈答用などで出荷できる「秀品」は例年半数ほどを占めたが、大幅に減少した。

 中井さんは「ここまで産地全体が被害を受けたのは、聞いたことがない。降ひょう予報が出ても、何もできないジレンマを抱えています」と打ち明ける。

 和歌山の梅は、昨年も暖冬の影響による不作だった。今年は豊作の見通しだったがひょうに悩まされ、被害額は少なくとも過去10年で最大。塩漬けにした梅は保存が利くため、不作の年に備えて蓄えてきたが、2年連続の受難となればこうした在庫も十分でない。

「傷付いた梅」販売に工夫も

 農林水産省の統計によると、2024年の和歌山県のウメ収穫量は2万9700トン。60年連続で全国1位を維持したものの、収穫量は23年比の半分以下となっている窮状だ。

 ひょう被害を受けた梅は、順次出荷シーズンを迎えた。JAわかやまによると、丸い実のまま出荷する青梅は、傷が大きく搾汁などでしか使えない選果のランク「外品」が例年の3倍に増加。広範囲にわたって深刻な被害を受けたことから、「秀品」「優品」の下に「良品」というランクを設け、市場に出回る数を確保した。

 ただ、市場には傷のついた実を出さざるを得ない状況だ。JAは「理由あり南高梅」と紹介するポップを作成し、全国のスーパーなど量販店で活用してもらっている。千葉県では名産の梨が22年にひょう被害を受けた際、JAが逆転の発想で「あた梨ちゃん」と命名。「災い転じて福となす」と人気を集め、被害額が大幅に抑えられていた。

 一方で、個包装などで売り出す高価格帯のギフト需要が高い南高梅。関係者の一人は「将来的に消費者が『傷ありでも低価格の方が良い』となってしまったら……」と頭を抱える。

 食品関連サービス会社「雨風太陽」(岩手県花巻市)が手掛ける産直通販サイト「ポケットマルシェ」は「#(ハッシュタグ)」を作ってひょう被害の梅の販売促進に取り組んだが、その背景には生産者と消費者のつながりがあった。生産者がサイトでひょうによる被害を報告。リピーターの消費者から「大丈夫です」「買いたい」といった声が届き、不安もあったが販売に踏み切ったケースがあった。

 和歌山県や同じくひょう被害を受けた群馬県の生産者から出品があり、これまでに1000件以上の取引が成立した。担当者は「気候の状況によって大規模流通にのせられないものがある時、『誰々さんの梅』という顔の見える流通のあり方だからこそできることもある」と説明する。

梅のひょう対策見つからず

 丹念に育ててきた農作物を一瞬にして傷つけてしまうひょうの被害は、そもそも防げないのだろうか--。ウメ産業の関係者は「対策のしようがない」「難しい」と口をそろえる。

 平地で栽培する果物はひょう対策として園地を覆う多目的防災ネットなどの設置が可能だが、梅畑は山間部の傾斜地にあることが多い。さらに着果数が多いことから、リンゴやブドウのように実本体への袋掛けも難しいという。和歌山県の担当者も「皆さんの言う通り、対策が見つかっていない。今後の試験研究の課題です」と苦悩を語る。

 農家や加工業者にとどまらず、資材などを含む関連産業が地域経済を支える県南部。みなべ町は人口の半数以上が梅産業にまつわる仕事に就いているとも言われる。

 「梅は加工を挟むことで、地域の一大産業に育った。農家が崩れたら、地域の衰退につながってしまう」。こう危惧するのは、梅加工販売の若手経営者グループ「若梅会」の濱田朝康会長(47)だ。「どれだけ真摯(しんし)に梅の栽培と向き合っても天候には勝てない。『どうせひょうが降るのだから』などという雰囲気になり、産地崩壊につながることは避けたい」と訴える。

 「南高梅のブランドを打ち出し、今の産業体系ができて50年以上。どんなやり方をしたら、良質な南高梅を食べ続けてもらえるのか。次のフェーズに進む検討が必要なのではないかと感じます」。産地の底力が試される局面を迎えている。【安西李姫】

気候変動への対応課題

 梅の生産を巡っては、気候変動に対応した品種の育種が喫緊の課題となっている。京都大の研究グループは南高梅の染色体レベルでの高精度ゲノム解読に成功し、2024年12月に科学誌「DNAリサーチ」電子版で発表した。梅の適切な発芽・開花には一定の低温時間が必要で、その「低温要求量」を制御する遺伝子の位置を特定した。暖冬の影響を受けにくくする品種改良に向けた第一歩という。山根久代教授は「ゲノム解読をきっかけに、梅の研究・品種改良を加速できれば」としている。

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