写真=ジンズホールディングス提供

「一番人気のフレームは?」「レンズはどんな種類があるの?」。東京・銀座にあるメガネ店「JINS 銀座ロフト店」で来店客の質問に答えるのは、店員だけではない。ジンズホールディングス(HD)が自社開発した生成AIのアプリも一役買っている。

8月中旬に訪れた記者が商品棚に掲示されたQRコードをスマートフォンで読み取ると、接客用の生成AIアプリ「JINS AI」のウェブサイトに画面が切り替わった。文字の入力スペースに「一番人気のフレームは?」と打ち込んだところ、「現在の人気フレームをご紹介します」という返事とともに、該当する商品の名前と写真、価格が示された。

ジンズHDの接客向け生成AI「JINS AI」は画像も交えて、商品を提案する

JINS AIはチャット上のやりとりを通じ、来店客の好みに合わせてメガネを提案したり、英語や中国語で料金体系を説明したりする。ジンズHDが商品データや来店客からよく受ける質問、店舗のマニュアルなどを学習させた。

現在一部の店舗で試験導入しており、2026年から本格的な運用を始める。順次導入店舗を増やし、将来は全店で採用する。25年中に社内の他のシステムとも連携し、店舗で商品の在庫を確認できる機能も加える。

国内小売業で接客用の生成AIアプリを自社開発するのは珍しい。松田真一郎常務執行役員は「自社開発した生成AIなら一般的な回答にとどまらず、実際の商品について購入につながるような具体的な回答ができる」と強調する。

JINS 銀座ロフト店の商品棚にあるJINS AI向けQRコード(写真=ジンズHD提供)

なぜ接客に生成AIを使うのか。そこにはメガネ店特有の事情がある。メガネは購入頻度が少ない商品で、買い慣れていない客が多い。レンズの特性などを理解するには専門的な知識が必要で、店側と顧客との間に知識量の差がある。

そのため、購入時には店員の助言が必要になるものの、繁盛店は来店客が店員をつかまえにくい。接客の不十分さがボトルネックになって販売機会を逃してしまう恐れがあるのだ。そこで専門知識を学習した生成AIが来店客の質問に答えれば、店員がいなくても商品や料金体系などへの理解を深められる。

ジンズAI推進室の黒尾玲奈氏は生成AIの接客レベルについて「基本的な応対はできるものの、今はまだ新人レベル。今後、回答の精度を玄人並みに高めたい」と話す。

例えば記者が8月18日、JINS AIに「ジンズで一番安いフレームはどれ?」と聞くと、「JINSの最安値フレームは4990円からのスタンダードラインです」と言及した上で、なぜか税込み9900円のメガネフレームが提示された。ジンズの電子商取引(EC)サイトを見ると、6600円のセール品も売られている。このように、JINS AIはまだ"修行中"というわけだ。

回答精度の向上は道半ばだ(写真は「ジンズで一番安いフレームはどれ?」と聞いた際の回答画面)

黒尾氏らが来店客からの質問とJINS AIの回答を吟味し、精度に磨きをかけている。単に質問に答えるだけでなく、ニーズを深掘りして聞き出すスキルも上達させる。今後顧客IDと連携し、過去の購入履歴を踏まえた商品提案をできるようにしたい考えだ。

生成AIの回答水準が高まることの効果は大きい。「(生成AIを)ブラッシュアップして学習レベルを上げれば、それをコピーしてほかの店舗に横展開できる」(松田氏)からだ。加えて新人店員が生成AIを使ってロールプレイングしたり、生成AIを使いながら接客したりできる。生成AIに蓄積した接客の履歴を商品開発に生かすことも視野に入れる。

生成AIが接客をこなすようになれば、将来は無人店舗がジンズの標準になるのだろうか。松田氏は「店舗に行くこと自体を楽しむエンターテインメント的な要素は残る」と語り、店員による接客の重要性を強調する。例えば視力測定は顧客の商品への満足度を左右するため、店員が対面で実施するのが合理的だと言う。

JINS 銀座ロフト店(写真:ジンズHD提供)

そもそもジンズはAIが来店客の試着したメガネがどれくらい似合っているか判定する「JINS BRAIN」を店舗で展開するなど、デジタル分野に力を入れてきた企業だ。25年はさらにアクセルを踏んでいる。

「今年はAI元年だ」。ジンズHDの田中仁最高経営責任者(CEO)は25年1月に社内の朝礼で社員に対し、AI活用に肝いりで取り組む方針を示した。事業会社のジンズは24年11月、田中亮社長の直轄組織としてAI推進室を立ち上げた。同室はアクセンチュア出身の松田氏が統括する。

AI推進室が手がけるのはJINS AIだけではない。店員のシフト案を自動でつくるシステムも開発しており、25年中に全店で導入予定だ。過去のシフトの組み方を学習して、時間帯別の売り上げを予測し店舗の繁閑を見極める。店長の事務作業を減らす。

ジンズHDは足元の業績が好調だ。25年8月期の連結売上高は前期比11%増の925億円、純利益は54%増の72億円を見込む。国内で高単価な商品が売れており、インバウンド(訪日外国人)の需要も取り込んでいる。

とはいえ国内のメガネ業界は「Zoff(ゾフ)」や「OWNDAYS(オンデーズ)」など競合がひしめく。衣料品店「ユニクロ」のセルフレジのように、デジタル技術で顧客の購買体験を改善し競争優位につなげられるか。JINS AIが出す答えに注目したい。

(日経ビジネス 梅国典)

[日経ビジネス電子版 2025年8月19日の記事を再構成]

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