比亜迪(BYD)の創業30周年式典で演説する王伝福会長=中国広東省深圳市で2024年11月18日、松倉佑輔撮影

 中国の電気自動車(EV)大手、比亜迪(BYD)が2025年のEV販売台数で、米テスラを抜いて初の世界首位となる見通しとなった。車載電池の自社生産を背景にした低価格を武器にここ数年急成長し、ついに王座に就くが、足元では中国国内の競争激化で失速。プラグインハイブリッド車などを含む9月の新車販売台数は1年7カ月ぶりに前年実績を割り込んだ。技術開発や海外販売の強化で打開を図るが、今後も成長を維持することはできるのか。

 BYDが1日に発表した1~9月のEV販売台数は前年同期比37%増の約161万台だった。これに対し米テスラは、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の政治的言動への反発による不買運動の影響で約122万台にとどまっており、残り3カ月でBYDを抜くのは難しい情勢だ。BYDは23年10~12月期の販売台数でテスラを抜いて初の世界首位となったが、年間ベースでは初となる。

 だが、足元のBYDの業績を見ると転機が訪れている。

 「価格競争が激化している。業界は規模の拡大から質の重視に移っている」。BYDは8月末に公表した2025年1~6月期の決算資料で中国市場の現状についてこう記した。1~6月期の最終(当期)利益は前年同期比14%増の155億元(約3200億円)だったが、EVの販売台数の増加率(40%)を大きく下回った。

 中国では政府が国策としてEVの普及を進めていることもあり新興メーカーが乱立し、ここ数年激烈なシェア争いを繰り広げている。ただ、不動産不況の長期化を背景にした個人消費の低迷もあり、各社の値引き競争は収まる気配がない。「勝ち組」だったBYDも台数拡大を優先して生産した在庫をさばききれず、5月に主力ブランドの2割値下げを打ち出した。

 これに対し、業界団体は「競争を主導している」と事実上BYDを名指しで批判した。中国大手自動車メーカーの長城汽車の魏建軍会長は5月下旬、「既に車業界にも(中国)恒大集団のような企業が存在する。はじけていないだけだ」と発言。名指しはしなかったが、販売の急拡大とともに負債も増加していたBYDを、巨額負債を抱えて経営破綻した中国不動産大手になぞらえ、値下げを強くけん制するほどだった。

 だが、最大手自ら拍車をかけた激しい競争は収まる気配はなく、ついにBYDの9月の新車販売台数は39万台と前年同月より6%下落した。販売台数の前年割れは24年2月以来だが、当時は春節(旧正月)に伴う大型連休がずれ込んだ影響が主因。これを除けば20年6月以来約5年ぶりのマイナスだ。

 また、ロイター通信などによると、BYDは25年の年間販売目標を当初の550万台から460万台に下方修正する方針だ。24年の販売台数は前年比41%増の427万台だったが、25年は当初の28%増から7%増の見通しに急減速することになる。

 国内市場の先行きに暗雲が漂う中で、BYDは今年に入って運転支援や急速充電の新技術を相次いで発表し、「価格」以外での他社メーカーとの差別化を図る考えを鮮明にしている。

上海モーターショーで比亜迪(BYD)のブースには多くの人が集まっていた=上海市で2025年4月23日、松倉佑輔撮影

 さらに、海外進出も強化する。9月の海外輸出は前年同月比133%増と好調で、東欧ハンガリーで建設中の欧州初の工場は25年内に稼働予定。23年に乗用車市場に参入した日本では、26年後半に価格200万円台のEV軽自動車を発売する方針だ。

 それでも、世界最大の中国市場での持ち直しが今後のカギを握ることは間違いない。中国政府は、販売促進のために「数分で予約が数万台を突破した」といった自動車業界の真偽不明で過剰な宣伝を問題視しており、9月から取り締まりのキャンペーンを始めた。

 中国の自動車産業に詳しいみずほ銀行の湯進上席主任研究員は「BYDは調整期に入っている。政府の指示もあり、収益も圧迫される中で、今後も値下げ戦略を続けていくことは難しい」と指摘する。

 BYDは中国内の競争に耐え抜き、このまま安定して「王座」に君臨し続けることができるのか、引き続き荒波にもまれることになるのか。今後の動向が注目される。【北京・松倉佑輔】

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