

クライマックスシリーズが熱を帯びるプロ野球。その戦いぶりに視線が集まる一方、近年は各球団がグルメや試合前後に実施されるイベントなどに注力し、野球のプレー以外でも楽しめる球場でのコンテンツが注目されている。そのパイオニア的存在が、横浜DeNAベイスターズだ。
チームの実力、人気ともに低迷し、球場に空席が目立っていた横浜ベイスターズを2012年にDeNAが買収。従来の常識にとらわれないイベントやキャンペーンなど、魅力ある球場づくりに注力し、新規の若年層ファンを次々と獲得した。24年の観客動員数は約236万人と買収後最初のシーズンである12年と比べて約2倍に増え、グッズの売上高は同年比で約6倍に増えた。そしてファンの増加とともにチームの実力も上向き、24年には26年ぶりとなる日本シリーズ制覇を果たした。
なぜ、球団人気の回復に成功したのか。ベイスターズの独自性が光るイベントに密着した。

「君が作るオリジナルの 特別、チューして〜」
「はいせーの!おーい、おいっ!おい!おい!おい!おい!」
無数のペンライトが彩る夜の横浜スタジアムで、人気アイドルグループ「=LOVE(イコールラブ)」が熱唱し、ファンたちが一心不乱にコール&レスポンスで応える――。
その歌声と声援は午後10時ごろまでスタジアム内にこだまし、大盛況の中、幕を閉じた。これは彼女たちのワンマンライブの様子ではない。6月中旬、ベイスターズのプロ野球公式戦後に実施されたイベント「推せ推せ!YOKOHAMA☆IDOL SERIES 2025」、におけるライブパフォーマンスだ。
球場でアイドルが歌唱パフォーマンス
埼玉西武ライオンズとの3連戦の期間に実施されたこのイベントは、ゲストのアイドルが試合前から歌唱パフォーマンスやセレモニアルピッチ(始球式)に臨み、試合中のイニング間のイベントにも数多く参加。試合後には本格的なライブパフォーマンスを開催するなど、球団とアイドルが一体となって試合を盛り上げる。まさにアイドルフェスティバルのようなイベントだった。

初日はAKB48、2日目に=LOVE、3日目にCANDY TUNEと、現在のグループアイドル界を代表する3組が登場。3連戦を彩った。プロ野球球団とアイドルとのコラボイベントとしては、日本球界最大規模となる。


プロ野球の試合開催日ではあるが、横浜スタジアムにはアイドルにゆかりのあるグッズを身に着けたファンが多数駆けつけた。参加した20代男性は「元々野球には興味があったが、球場で観戦するにはハードルの高さを感じていた。ただ、自分の"推し"が出演するので行ってみようと思った」と話す。
ベイスターズファンで、今回セレモニアルピッチにも挑戦した=LOVEメンバーの瀧脇笙古さんは「イコラブ(=LOVE)ファンの方はベイスターズを好きになって、ベイスターズファンの方はイコラブを知ってライブに来てみたいと思ってもらえるような、相乗効果が生まれたらうれしい」と話す。
ゲストに「ここまですごいと思わなかった」と言わせる演出
このアイドルイベントを企画したのは、横浜DeNAベイスターズのイベント企画運営グループに所属する新卒4年目社員、宮澤瞭氏だ。
宮澤氏はその狙いについて「今シーズンはチームの勝利を後押しするためにファンの声援量を最大限引き出すイベント設計を心がけている。その中で、分野は違えど『推す』という熱量が高いアイドルファンがつくり出す熱狂と野球観戦の中で生まれる熱狂との親和性が高いと考え、ターゲットを絞った」と話す。
24年日本一に輝き集客も右肩上がりのベイスターズだが、娯楽が多様化する昨今において新規のファン獲得は引き続き重要な課題だった。特にシーズン開幕直後や夏休み期間、順位争いが熾烈(しれつ)になる9月以外の日程の中には、既存ファンの足が遠のき集客にやや苦しむタイミングがあるという。
アイドルイベントが実施された「セ・パ交流戦」期間中の平日がそんな苦しいタイミングだった。言い換えればその時期は、新規ファン獲得を狙った企画を打ち出しやすいタイミングとも言える。宮澤氏は「すぐにとは言わなくとも、5年後10年後を見据えた新規ファン獲得の種まきはイベントを開催する上で重要なテーマ」と話す。
ベイスターズが仕掛けるイベントの強みは細部へのこだわりだ。例えば今回のアイドルイベントでは、「リボンビジョン」と呼ばれる外野フェンスに設置されている細長いモニターで曲に合わせてそれぞれ色や文字などの演出を変えた。さらにバックスクリーンの大型ビジョンに表示される歌詞の切れ目は、ライブやテレビ番組内で表示されるものに合わせるなど、ゲストのコアなファンをうならせる細かい演出をちりばめた。

宮澤氏は「ゲストがベイスターズのイベントに出て、その映像が世に放たれた時に、ゲストの魅力が最大限引き出されるような演出を心がけている」と話す。ゲスト側からも「ここまで作り込みがすごいと思わなかった」「これだったら積極的に出演する価値がある」といった声がよく上がるという。
演出に携わる人員体制も独特だ。ベイスターズではなんと、他部署と連携しながらも基本的にイベントの企画から制作、運営までを1人の担当社員が受け持っているという。通常のプロ野球球団が運営するイベントでは、専門の制作会社にキャスティングや運営を外注したり、プロの演出家が制作に携わったりする場合が多い。ベイスターズの体制では、担当社員の思いがイベントにダイレクトに反映されるため、細かい演出に関する小回りも利き、オリジナリティーあるコンテンツに仕上げられる利点がある。
ベイスターズのイベント企画運営グループの構成はたった5人。その内、4人が社会人歴10年目以内と若手中心の構成も特徴だ。エンターテインメント業界からの転職組もいないため、固定観念にとらわれない自由な発想が独自性の源泉となっている。宮澤氏は学生の頃から、AKB48などの「48系」や乃木坂46などの「坂道系」といったアイドルグループの熱狂的なファンであり、現在ではアイドルイベントを含む数多くの音楽ライブを視察している。その経験を自身のコンテンツ作りに生かしている。

例にない「プロ野球」と「アイドルイベント」の組み合わせは大きな反響を呼び、今イベントでの球場収益やファンクラブの新規会員獲得数は通常の試合開催時と比べても大幅に増えたという。宮澤氏は「アイドルとプロ野球の親和性の高さを感じられた。26年以降の開催も意欲的に検討したい」と話す。
追い求めた「良質な非常識」
こうした自由闊達な球団運営の風土が昔からベイスターズに根付いていたわけではない。00年代から10年代初頭にかけて、チーム順位や観客動員数はリーグ最下位の常連。球団経営にも工夫は見られず、赤字が続いていた。その最中だった11年にDeNAが買収した。
「失うものがない状況で、とにかく挑戦するしかなかった」と話すのは、ベイスターズの林裕幸取締役だ。13年にベイスターズへ転職し、その変革を長年支えてきた。
チームの人気回復へ――。注力したのは野球以外での楽しみ方だった。林氏は「新規ファンの獲得に当たって、野球そのものの魅力で集客を期待するのはなかなか難しい。野球はサッカーやバスケと比べてもルールが比較的複雑で、実際にプレーしたことのある人の数も野球の方が少ないかもしれない。その中で、野球以外でも楽しんでもらえるような空間づくりに力を入れた」と話す。

球団買収当初から、試合内容に納得いかなかった場合はチケット代の全額返金を実施するキャンペーンや100万円のVIP席チケットの発売など、これまでの常識にとらわれない企画を次々と打ち出した。
背中を押したのが、DeNAの創業者である南場智子会長が唱える「良質な非常識」という言葉だ。林氏は「ある程度トップ主導で飛び道具的な挑戦を続けたことで、現場の社員たちの中で『自由にやっていいんだ』という感覚がどんどんと広がっていった」と話す。

その中で戦略を精査し、新規ファン開拓のターゲットとしたのは、20代後半から30代男性の「アクティブサラリーマン」層だった。ビールが半額になるキャンペーンの実施や彼らの世代に刺さるゲストを呼んでイベントを開催するなど、仕事帰りに居酒屋ではなく球場に足を運んでもらいやすい導線を整えた。
そうした試みにより若い新規ファンを徐々に増やす中で、16年には横浜スタジアムも買収した。
球場運営側への使用料の支払いは、ベイスターズ赤字の要因の一つになっていた。球場側のビジネスの違いから、球団側が仕掛けたい施策をなかなか実施できないといった不都合も生じていた。
球場買収によって収益体質は改善し、試合やイベントへのこだわった演出やゲストとのコラボ飲食メニューなど、より自由な枠組みでの球団運営ができるようになった。そして、16年には営業損益も黒字へと転換した。
17年からは横浜スタジアムの増築・改修工事を実施し、両翼スタンド「ウィング席」など約6000席が20年までに新たに完成し、従来より2割多い約3万4000人を収容できるようになった。林氏は「ハードとソフトの運営を一体化できたことで、自分たちが実現したい野球の世界観をつくれるようになったことは非常に大きかった」と話す。

昨今のプロ野球界では、物価上昇や需給に応じて価格を動かすダイナミックプライシング(変動料金制)を導入する球団が増えた影響でチケット代が高騰し、空席が目立つ試合が増えたという指摘も上がっている。また動画配信サービスが浸透し、場所を問わず試合を観戦できる環境が整う中で、球場に足を運ぶことでしか得られない特別感をつくる重要度は増している。
横浜DeNAベイスターズは時代に先駆け、「良質な非常識」をモットーに魅力ある球団・球場づくりに励み、年間観客動員数200万人超えの人気球団へと成長を遂げた。その改革の歩みは、他業種の多くの企業にとっても参考になるはずだ。
(日経ビジネス 濵野航)
[日経ビジネス電子版 2025年9月9日付の記事を再構成]
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