全校でアイデア合戦、キッチンカーで販売も
柳川高校の創立は1941年。インターハイ優勝25回(男子団体)を数えるテニス部、甲子園に春夏通算16回の出場歴がある野球部を筆頭に、スポーツ強豪校として全国的な知名度を得てきた。
そんな柳川高校でスタートアップ教育が始まったのは6月。高校での取り組み自体が珍しいが、そこにラーメンの開発や販売を組み込んだプログラムはとりわけ異色だ。
【柳川高校スタートアッププログラム教育課程】
- 生徒3~5人でチーム組成
- 全校生徒にマーケティング、新商品に関する講義
- 予選:チームごとの新商品企画書を審査
- 本戦:店の経営アイデアを審査
- 代表3チームを選出
- 代表の生徒に特別講義
- 代表3チームがキッチンカーで店を経営
- 優勝チームは「一風堂」ニューヨーク店で研修体験
まず希望生徒にチームを組ませたうえで、一風堂が制作した動画を用いて、全校生徒にマーケティングの基礎や新商品の開発事例を座学で教える。
次に、各チームが考案した新商品の企画書に基づき審査を実施。これは予選にあたり、次の本戦では「店の経営アイデア」が審査の対象となる。選ばれた代表3チームには、「経営とお金」「商品開発」「店舗の運営」をテーマに、一風堂や関係会社から派遣された“先生”が特別講義を実施する。
高校生からは「宇宙を感じさせるラーメン」や「自分好みにカスタマイズできる店」といったユニークなアイデアが提出されたという。取材した9月の時点では、本戦の審査結果が発表され、代表3チームが決定したところだった。
本戦の審査を通過した国際科1年生の山下万史郎(まんじろう)くんは、このプログラムにかける思いをこう熱く語る。
「私たち革麺チームが考案した『黒丸革味(くろまるかくあじ)』には、食べる人を笑顔にしたいという思いが詰まっています。柳川産のりのつくだ煮や黒柚子胡椒(ゆずこしょう)を使った、このラーメンをきっかけに、私たちの誇る地元『福岡・柳川』の魅力をより多くの人に知ってもらいたいです」
勝ち残った3チームは大学の学園祭などで実際にキッチンカーを使って出店する予定。キッチンカーでの売り上げや最終プレゼンテーションの総合評価によって、優勝チームは一風堂の米ニューヨーク店で研修体験ができる。
リアリティーあふれるプログラム
注目すべきは、ビジネスの世界で日常的に行われている活動をリアルに体験できる点だ。例えばチームの編成。各クラス内で最低1チームをつくるが、それとは別に、クラスや学年の垣根を越えて組むこともできる。企業内でプロジェクトチームをつくる際にも用いられる、さまざまな部署から異なる強みのメンバーを集める手法と類似する。
結果ではなく過程を「体験」することにこそ価値があるというのが立案者たちの共通認識だ。学びのプロセスを計画する小山貴之教諭(地歴公民担当)は、大正製薬に24年間在籍し、営業やマーケティングなどを担当していた元ビジネスマン。1年前、48歳で教職の道に入り、今も企業で培った経験を生かしている。小山教諭は「チームの人数を最大5人にしたのは、6人以上だと何もしない人が出てくるという私の経験に基づきました。企業勤めには、教科書がない。決まった答えがない問いにどう立ち向かうかが問われます。生徒たちが早い段階でそれを経験できるのは素晴らしいことだと思います」と語る。
柳川高校は企業とのコラボレーションに積極的。社会で役立つ「伝える力」を育てる狙いで、大正製薬「リポビタンD」のオリジナルラベルを生徒がデザインする企画は昨年まで4年間実施した(日比野恭三撮影)
今回のプログラムで一風堂は、商品開発や店舗運営にまつわる基礎知識を生徒に伝えるオリジナル講義を担うほか、校内の選抜に審査員を派遣、キッチンカーの貸与や運営も支援する。
一風堂を運営する「力の源ホールディングス」はもともと、ラーメンを日本の重要な食文化の1つと捉え、小学校などでの出前授業や料理体験教室「チャイルドキッチン」の実施といった食育活動に積極的に取り組んできた。栁本啓輔取締役兼商品本部本部長は、柳川高校のプログラムに協力する思いをこう語る。
「ラーメンと真剣に向き合う経験は生徒の財産になるはずで、結果はどうあれチャレンジすること自体に大きな価値があります。高校生ならではの感性でどんなアイデアが出てくるのか楽しみです」
企業としては何か具体的な利益を想定しているのではなく、あくまで文化的・教育的な価値に注目した取り組みであることも強調した。
学校改革の一環
今回のスタートアップ教育プログラムには古賀校長の思いも強く反映されている。
古賀賢校長は創立者の孫で、2002年に33歳の若さで3代目の理事長に就任した。09年からは校長を兼任。柳川高校のカラーの変革を先頭に立って推し進めてきた。
景気低迷や少子化による苦境を打破すべく、学校の運営方針を大幅に見直したのだ。部活動や大学進学の実績に注目する価値観を転換し、生徒の自主性や創造性、国際性の育成を重視し、次々と独自策を打ち出した。世界にネットワークを築く「グローバル学園構想」、デジタル化を進める「スマート学園構想」、生徒の視野を宇宙に向ける「宇宙教育」の3本柱だ。加えて今年初めて全校生徒がラーメン店の経営を目指すスタートアップ教育プログラムに挑戦している。
古賀校長はこう語る。
「日本の経済が停滞している大きな要因はアイデア不足と言われています。今、必要なのは業界をルールごと変えてしまうようなゲームチェンジャー。そういう人材を育むために私たちはいろんな世界を、いろいろな角度から見せている。その1つが、今回のスタートアップ教育プログラムなんです」
大胆な改革を進めている柳川高校(日比野恭三撮影)
古賀校長は「人の評価は、試験の点数だけではなく、もっと多様な判断の軸があっていい。だからいろいろな軸で人育てをしていこう、と考えました。でも、最初の頃は(生徒や保護者の心に)刺さらなかったですね。大学入試では高い点数が必要であることは現実で、私が『2030年に世界初の宇宙修学旅行を実現させる』と宣言した時も、『ついに頭がおかしくなってしまったか』と言われたものです」と語る。
学びへの意欲や人間性などを多面的に評価する総合型選抜が大学入試で広く導入され始めたこともあり、柳川高校の新たなスタイルは受け入れられつつある。「頭の良い子ではなく、頭の広い子を育てます」──。古賀校長の言葉に共感し、志願者数は増え、19年度に757人まで落ち込んでいた生徒数は24年度には1210人へと大幅に増加した。今では少子化の波をはね返して余りある勢いを見せている。
同校の基本理念は「勉強の、その先にある感性を育てる」。創造性を発揮できる人材の養成を重視しており、「スタートアップ教育」に着目したのも自然な流れだった。
始まりは学食のラーメン
なぜスタートアップ教育にラーメンを使うのか。事の発端は2023年の秋にさかのぼる。
地元テレビ局が学校に取材に来た時のこと。リポーターとドイツからの留学生の間で、こんなやりとりがあった。
リポーター「好きな食べ物は?」
留学生「ラーメンです!でも学食にはラーメンがないんですよ……」
リポーター「じゃあ、カメラの向こうにいる校長先生にお願いしておこう!」
留学生「校長先生、学食にラーメンを入れてください。お願いします!」
この番組が「一風堂」創業者で、運営会社・力の源ホールディングスを率いる河原成美(しげみ)会長の目に留まる。古賀校長とはもともと懇意だったことからとんとん拍子に話が進み、24年春から学食で「一風堂」のラーメンが提供されるようになった。
学食に導入された一風堂のラーメンに生徒たちは大喜び(柳川高校提供)
それから数カ月後、河原会長が柳川高校を訪問。校長室に置かれた学校紹介の資料に「スタートアップ教育」の文言を見つけた河原会長が、こんなことを口にした。
「これ、うちも何か協力できないかな?」
古賀校長が振り返る。「河原さんは人材育成にも強い関心があり、声をかけていただいた。そこからはもう、あうんの呼吸。一風堂さんのラーメンを使ったスタートアップ教育の方向性がその場で決まり、具体的な検討に入りました」
ユニークな「絶校長」の存在
古賀校長はとにかく陽気で前向きだ。
「校長」ならぬ「絶校長」を自称し、自身のイラストがプリントされた「絶校長Tシャツ」を着用する。鼻のばんそうこうをなで、笑いながら説明してくれた。「幽霊に追いかけられる夢を見たんです。必死で逃げていたらベッドから落ちて、脇にあるテーブルに思いきりぶつけちゃって」。手痛い失敗も笑いに変え、前向きな会話の要素にしてつないでいく。そんな姿が人を引き付ける。
「絶校長」Tシャツを着た古賀校長(日比野恭三撮影)
古賀校長は言う。「いきなりラーメン店を経営するなんて、失敗して当然。むしろ高校の時期に失敗できることが宝物じゃないですか。河原さんともそんな話をしました」
最終審査まで勝ち残った3チームが実際にキッチンカーを出店するのは今冬の予定。それまでの間、審査を通過した生徒たちは仲間と意見を戦わせ、食材の調達法から採算性、提供時間まで、さまざまな課題を1つずつクリアしていくことになる。
今冬のキッチンカー出店を経て、生徒たちがどんな答えを見つけるのかはまだ分からない。だが、未知の問いに向き合い、仲間と挑むその過程こそが、未来を切り開く力になる。ラーメンを通じた挑戦は、柳川高校の生徒にとって、そして教育のあり方にとって、新しい扉を開く第一歩になりそうだ。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。