写真=Maki Suzuki

世界で最も著名な買収防衛策「ポイズンピル(毒薬条項)」。米国で敵対的買収ブームが起きた1980年代に、米法律事務所ワクテル・リプトン・ローゼン&カッツの創業パートナー、マーティン・リプトン弁護士が発明した。現在も米企業の9割が「シャドーピル(ポイズンピルを即時導入・発動できる準備)」を取り入れている。日本では2010年代に機関投資家の反対で下火になったが、20年代に入り、同意なき買収やアクティビスト(物言う株主)による大量取得が増えて再び注目を集めている。リプトン弁護士にポイズンピルを考案した背景や日米の違いについて聞いた。

  • 【用語解説】ポイズンピルとは 買収者の議決権比率引き下げ(2022年4月)

――ポイズンピルを考案したころの時代背景を振り返ってもらえますか。

「1982年、ポイズンピルが発明されました。70年代後半から80年代初頭、上場している大企業に対して、妥当な買収価格を提示しない、あるいは雇用の削減など会社の経営を劇的に変える意図を持って、買収を提案する動きが頻発していました。株主だけでなく社会的な観点からも懸念が高まっていました」

Martin Lipton(マーティン・リプトン)氏 日本製鉄によるUSスチール買収も支援した著名米法律事務所ワクテル・リプトン・ローゼン&カッツの創業パートナー。1982年、敵対的買収に対抗する買収防衛策としてライツプラン(ポイズンピル)を考案した(写真=Maki Suzuki)

「ポイズンピルの狙いは企業が買収者からのアタック(攻勢)に対処するための十分な時間を確保するというものです。株主を害するレイダー(乗っ取り屋)やアクティビストと企業の間の『バランス』をとるために設計しました。こうした仕組みがなければ、企業が全株主の利益にならない行動を強いられてしまうと判断し、ライツプラン(shareholder rights plan、ポイズンピルのこと)を着想しました」

買収攻勢が本格化する前の導入で効果

「当時のウォール街では『(株主総会での)投票なしに企業が合法的に導入できるものではない』という見方が一般的でした。しかし、株主の投票前に導入しなければ(買収者が株式を買い集めて)手遅れになります。前例のない新しい試みではありましたが、数週間の議論を重ね、法廷で争われても維持できると確信しました。予想通りに訴訟となり、(米国で最も会社法の裁判例が整っている)デラウェア州最高裁はライツプランを承認しました」

――米国では取締役会の判断でポイズンピルを導入・発動できますが、日本は株主総会の賛同が求められています。

「承知しています。株主投票を行う前に、買収者が市場で株式を買い集めて支配権を得てしまえば、明らかに手遅れです。ライツプランは買収攻勢が本格化する前に導入されて初めて効果を発揮するということは米国でライツプランが発明された当初から明らかでした」

「買収を強制されず、支配株主が存在する企業における少数株主の立場に追い込まれることなく、株主自らの判断で買収を受け入れるかどうかを決断できるよう、競争条件(playing field)を公平にする必要があります」

日米の違い

当時、日本の法制度上は導入しづらいとされていたが、2001年に新株予約権の制度ができて日本型のポイズンピルが使われるようになった。買収者やアクティビストの議決権を薄めるという効果は同じだが、05年の「ライブドアvsニッポン放送」以降、株主総会の賛同がなければ発動できないと解釈されている。現在は有事導入型の場合、取締役会が同意なき買収の提案やアクティビストによる株式の大量取得を受けて、ポイズンピルの導入を発表。株主総会で信を問うという流れができている。

望まない価格で買収されないための手段

――あなたは「自由市場を信じ、すべての買収を禁止すべきではない」という考えをお持ちだと聞いています。

「その通りです。すべての買収にライツプランを適用すべきだという立場ではありません。会社の経営の善しあしをどう見るかは議論があります。会社の状況に依存しますし、市場が決めるべきことです。しかしライツプランは『悪い経営』を買収から守るためのものではなく、その正反対、利益を上げている『良い経営』がわずかなプレミアム(上乗せ幅)で株式市場から失われることから守るためのものです」

「もっとも全ての州で適法とされたわけではありません。ニューヨーク州では当初無効とされましたが、その後の法改正で有効になりました。デラウェア州での支持が極めて重要であり、ペンシルベニア州など他州も追随しました」

米国の会社法は連邦ではなく、州で規定されている。デラウェア州は最も会社法が整備されていることで知られ、人口100万人に対し法人登記数が2倍超の220万に上る。同州がポイズンピルを認めたことは、この地位を確立するのに貢献したとされる。
1983年6月、リプトン弁護士は顧客に送ったメモに「企業には独立したエンティティーであり続ける方針を掲げる権利がある」と記した(写真=Maki Suzuki)

――時代を経てポイズンピルの実効性はどのように変化してきたでしょうか。

「1980〜90年代から今日に至るまで、重要な変化がありました。機関投資家が上場企業の株式をより多く保有するようになり、アクティビストや買収者は敵対的買収を仕掛けるよりも、機関投資家らに『1株500ドルでならどうですか?』と買い取りを持ちかけるようになりました」

「多くの株主が同意すれば、ポイズンピルは無効化されます。言い換えれば『51%の株主が売却を望む』意思を妨げるものではありません。経営陣に全面的な安泰を保証するものではなく、『株主が望まない価格で買収されないようにする』という極めてシンプルなツールなのです」

ポイズンピル「名付け親」は投資銀行バンカー

――現在の米国のガバナンス(企業統治)についてどう見ていますか。

「現代の米国資本主義は『株主至上主義』ではなく、従業員、顧客、取引先(サプライヤー)といった幅広いステークホルダーの利益を反映すべきだという考え方を反映していると思います。1つの利害だけを優先していては、国内はもちろん世界に住みよい環境を構築できません」

「ハーバード・ビジネス・スクールは、取締役会の第一の責務は株主にあるとの立場で知られていましたが、近年、大多数の教授が、株主に限らず企業活動の影響を受けるすべての人々への責任を重視する立場へと考えを改めています。米国の主要企業が参加する『ビジネス・ラウンドテーブル』も(2019年に)ステークホルダーの利益を考慮する方針を採用しました」

――現在の日本は、敵対的買収やアクティビストが活発だった1980年代の米国に似ているとの見方もあります。

「その見立てには懐疑的です。敵対的買収の数は当時の米国が大きく上回り、日本は異なる地点にいるでしょう。ただ、日本に限らず、米国、英国、欧州の国々は資本主義に対し、一連の反発(reactions)を経験してきました。『法律さえ守れば、株主のために多くのお金を稼ぎ、他のステークホルダーは重視しない』という考え方への反発です」

「私ももちろんこの考え方に断固反対ですが、世論と政府が決めることです。私が大衆を代弁するつもりはありません。国民全体にとって公正な経済こそ重要であり、多数が支持する解決方法が採られるべきです」

――アクティビズムは日本の市場を活性化させるでしょうか。

「その評価はアクティビズムの種類や度合いによって変わるでしょう。個別の事例から一歩引いて見てみると、国家の経済が時代に合わせて適応することは極めて重要です。経済の『公正性』と『開放性』こそ最重要事項です。一握りの人々を優遇する経済は産業を破壊し、国に深刻な問題をもたらします」

ボクサー姿のリプトン弁護士のイラスト。パンチングボールに名を刻まれたジョセフ・フロム氏は卓越したM&A弁護士として知られ、買収者側のフロム氏と、防衛側のリプトン氏は頻繁に対決した。ライバル関係とみられているが、実際には定期的に朝食をとる友人関係にあった(写真=Maki Suzuki)

――ポイズンピルという名称はあなたが考えたわけではないそうですね。

「私自身は『ポイズンピル』と呼んだことはありません。確か3、4回目のケースでした。私たちがある企業の防衛側で代理しているとき、共に動いていた投資銀行のバンカーが米紙ウォール・ストリート・ジャーナルから電話を受けました。そのバンカーが『我々はポイズンピルと呼んでいる』と答えたのです」

「私自身は法廷への悪影響を懸念してポイズンピルと呼ぼうと考えたことはないし、呼んでもいなかったのですが。結局、新聞に掲載されてウォール街の誰もがそう呼ぶようになりました。私がライツプランと呼んだところで、あなたを含む皆さんの考えが変わるわけではないという程度の分別はあります。適法性を論じる場面以外では、私もポイズンピルと呼んでいます。まぁ便利な呼称ということです。『ハーバート(共同創業者のHerbert Wachtell氏)』を皆が『ハーブ』と呼ぶ。人の名前のようなものですね」

(日経BPニューヨーク支局 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版 2025年9月29日の記事を再構成]

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