ライトスプレー技術で製造したシューズを持つオリヴィエ・ベルンハルド氏

激戦のランニングシューズ市場で、スイス発のスポーツブランド「On(オン)」が急成長している。

2010年に創業し、「クラウドテック」と呼ばれる着地の衝撃を緩和する靴底の特許技術が注目された。当初は欧米で履き心地やデザインが評価されていたが、最近はアジア市場でも販売を拡大。2024年12月期の売上高は23億1830万スイスフラン(約4270億円)と22年に比べて倍増し、売上高純利益率は約10%だ。

陸上競技の世界選手権東京大会(世界陸上)に合わせ、9月には東京・原宿で新技術を公開した。ロボットアームに装備した足型に植物由来の樹脂を吹き付けるオン独自の「ライトスプレー」技術で、アッパー(甲)の製造工程を簡略化した。

一般的なシューズのアッパー製造は裁断や縫製などの工程があるため数週間かかるが、ロボット活用により片足分のアッパーを3分で製造できるという。世界陸上でも同技術で製造したシューズを着用した選手が出場した。

クラウドテックで市場に旋風を巻き起こす同社は、再び新技術でシューズ開発に革新をもたらすのか。同社の戦略やライトスプレー技術の展開について、同社の共同創業者であるオリヴィエ・ベルンハルド執行役員に話を聞いた。

――独自のライトスプレー技術を日本でも披露しました。どのように開発しましたか。

「この技術とプロセスは、従来の靴製造方法を大きく変える可能性を秘めています。これまでの靴の製造方法では、多くの人々が手をかけてパーツを組み合わせる必要がありましたが、この新しいプロセスは、それを変えることができます」

「さらに、少しのスペースやロボットアームがあればシューズを生産できるので、このプロセスは地球上のどこでも適用できる可能性があります」

「ただし、課題もあります。少数の試作品やアスリート向けにこの技術を使うのは比較的簡単ですが、数十万、何百万という数のシューズを生産する場合、機械を24時間365日稼働させなければなりません。その運用スケールをどのように拡張するかが、現在の大きな課題です」

「現在、市場で製品を徐々に販売しています。しかし、量産化がどれだけ成功するかはまだ分かりません。イノベーションには非常に多くの抵抗や挑戦があります」

「例えば、市場の人々から『これは無理だ』『価格が高すぎる』『そんなものは売れない』といった声が上がることがあります。多くの場合、それは不可能だと言われます」

「しかし、私たちはこういった困難な状況に挑戦することが大好きです。他の人が手を付けていない領域に踏み込むことで、革新的かつ市場を驚かせる製品を作り上げられるのです。ただし、イノベーションには常に逆風が伴います。それが私たちの使命であり、目指す方向なのです」

初期段階では新技術に多くの人が懐疑的だった

「イノベーションを行う際には常に多くの課題があります。しかし、それが面白い部分でもあります。それを受け入れて進んでいくためには、強い信念と忍耐力が必要です」

「例えば、私たちのスプレーテクノロジーについては、初期段階において多くの人が懐疑的でした。『これはうまくいかない』『製品が市場に受け入れられない』『価格が高すぎる』といった声を浴びました。しかし、私たちはそれを乗り越え、新しい方法を創造し、製品を発展させてきました」

「そして、スプレーテクノロジーがもたらす可能性は非常に大きいです。このテクノロジーは、今後の製品開発や製造方法を全く新しい方向へ進めるものとなるかもしれません。例えば、必要最低限の設備だけで製造できるため、ローカル生産が世界中に広がる可能性があります」

「現在、私たちはテクノロジーと効率性、そして環境への配慮を融合させることに力を注いでいます。この技術の大きなメリットは、従来の製造方法では困難だった持続可能性を現実のものとして推進できることです。製造プロセスをより環境に優しいものにすることができ、長期的に持続可能なビジネスモデルを構築できます」

「また、この技術をスケールアップする際の課題についても触れたいと思います。試作品や少量生産ではうまくいくプロセスも、大量生産となると多くの困難がついてくることがあります」

オリヴィエ・ベルンハルド氏。Onの共同創設者。トライアスロンの世界チャンピオンに3度、スイスチャンピオンに15度輝いた。2010年、友人たちとOnを設立した

「例えば、製造機械の連続運転の安定性や効率性の確保、それにかかるコストやエネルギー問題など、さまざまな要素を検討しなければなりません。しかし、私たちはこの挑戦に真剣に取り組んでおり、すでに進展が見られています」

「私たちが目指しているのは、単に新しいシューズを作ることではありません。製品やプロセスを通じて新しい価値を創出し、人々の生活やアスリートのパフォーマンスをさらに豊かにすることです。そして、それが市場に受け入れられると信じています」

「私たちは、未来に向けた技術や製品開発に取り組む中で、『挑戦』を恐れることはありません。それが私たちのDNAの一部であり、革新を生み出す力になっています」

日本の顧客は細部にこだわり、製品プロセスにも価値を見いだす

「日本で子供から高齢者まで幅広い世代が私たちのシューズを履いているのを見ると、本当に感動を覚えます。それは私たちが正しい方向に進んでいることを示しています」

「さらに、日本市場は特に私たちにとって興味深い市場です。技術革新、完璧さへのこだわり、そしてデザインに対する強い関心から、日本は私たちの製品の発展において非常に重要な役割を果たしています」

「日本の顧客は、細部にこだわり、製品そのものだけでなくプロセスや精神にも価値を見いだしてくれます。それゆえ、私たちは日本市場における存在感をますます強化したいと考えています」

「また、私たちの技術革新には『コラボレーション』が欠かせません。科学者やアスリートたちとの共同作業がその鍵となっています。一見異なる分野や競技との間においても、技術的な相乗効果やインスピレーションを得ることが可能です」

「例えば、トレイルランナーがテニス選手の技術から恩恵を受けることもあれば、その逆もあります。このように異なる競技やコミュニティーとの協力が、新しい製品やテクノロジーの開発を促進しています」

「革新がもたらす挑戦について述べたいと思います。新しいアイデアや技術を市場に投入する際には、必ず困難や抵抗があります。例えば、『それはできない』『市場が受け入れない』『コストが高すぎる』といった否定的な意見が出ることがあります」

「しかし、それらを乗り越えて進んでいくことが私たちの役割です。革新が成功するには時間がかかることがありますが、それが私たちの使命であり、モチベーションです。そして、私たちの全チームがその目標に向けて努力しており、消費者やアスリートの皆さんが私たちの取り組みから価値を見いだしてくれることを願っています」

「いつも逆風が強いことも確かです。同時に、私が説明したように、すべてのイノベーションにはこうした困難が伴いますが、私たちは確信を持っています」

「我々はそこへ進まなければなりません。なぜなら、持続可能性が求められているからです。現在の技術では、ほぼ廃棄物ゼロの状態です。スプレーテクノロジーを使用すると、廃棄物が出たとしても、それを機械に戻して溶かし、再びペレットとして生産することが可能です」

「この方法により、ロゴを印刷したり製品を作り直したりできます。非常に素晴らしい技術だと思います。また、将来的にはシューズのカスタマイズも可能になるでしょう。私たちはまだ初期段階にいるだけですが、非常に良いスタートを切ったと確信しています」

「この技術は、製造の形を根本から変える可能性を秘めています。従来のシューズ製造のように多くの部品や工程が必要なわけではありません。基本的にはロボットとソフトウエア、機械を操作するエンジニアが必要なだけです。適切な調整ができる技術者がそろえば、どこにでもこの技術を導入できます」

東京マラソンの会場近くでシューズを作れる

「例えば、2026年3月に東京マラソンが開催されるなら、6本のロボットアームを設置して、参加者が自分の足をスキャンし、そのデータを私たちに送ることで、その場でシューズをスプレー製造することができます。必要な数が1万足であれ6000足であれ、需要に応じてその場で生産できます」

「地産地消の製造は現在ではほぼ不可能ですが、この技術を使えばそれが可能になります。需要に非常に近い場所で供給できるのでサプライチェーン(供給網)の在り方を根本的に変えられます」

「ただし、これはまだ挑戦の途中段階です。現在のところ、こうした技術をより広く導入する準備ができているパートナーはほとんどいません。私たちの状況は、常に針路を模索し、迅速に方向を調整しながら最終目標を達成しようとしている船のようなものです。しかし、こうした挑戦には常に新たに生じる課題があります。一見すると可能に思えても、実際には新しい問題が次々に現れます」

――スプレーテクノロジーを日本で導入して、シューズを製造する可能性はありますか?

「可能性は十分にあるでしょう。この技術を応用すれば、ロボットを京都や東京、また必要な場所に設置できます。例えば、特定のイベント向けや日本市場向けにシューズを製造するために、こうした設置を行える場合があります。それはまさに技術的な柔軟性の証しであり、ローカルな需要に応じて、世界中の市場に適応できることを示しています」

「スイスでは数カ月前に小さな工場を設立し、スプレーテクノロジーを使用したシューズの製造を開始しました。この工場では現在4つのロボットセルが稼働しており、さらに拡大する計画があります。これは大量生産を可能にする非常に重要な進展です」

「スプレーテクノロジーの目標は、単なる製造工程の改良ではありません。革新企業として私たちは、すべての最高峰を目指して成功を収めることが大好きです。この技術は、特にプロアスリートが活用することでその有用性が検証され、広がることを期待しています」

「例えば、24年にケニアのマラソンランナーが、この技術によって作られたシューズで勝利を収めました。このように一度プロの実力で技術が証明されれば、それを日常生活向けの製品に展開することを目指します。日常生活で何千、何百万足もの靴を製造することこそが真の挑戦です」

「最終的な目標は、可能な限り多くの人々に製品を届けることです。私の個人的な目標でもあり、私たちの多くの従業員が掲げる目標は、私たちの製品を通じて、独特のランニング体験を提供することです」

独自技術「クラウドテック」を採用したオンのシューズ (写真=オン提供)

毎日自己ベストを更新する努力に似ている

――2024年12月期の売上高が22年に比べて倍増しています。売上高純利益率は約10%です。成長の原動力は何ですか。

「ここには多くの要素が絡んでいます。まず、根本的な要因は製品そのものです。どれだけ優れたマーケティングを行ったとしても、製品が信頼性や価値を備えていなければ、それは誠実なブランドではありません」

「製品が市場で認められるためには、それがアスリートによって信頼され、実際に使用されることが不可欠です。これは単なるスポンサーシップではなく、パートナーシップや協業として行われます」

「私たちは現在、世界中で約4000人の社員を擁していますが、成功の基盤はその製品と、何より『人』であると強く信じています。私たちのチームには『探究者の精神』――つまり、常に『明日はもっと良くできるかもしれない』と考える好奇心を持った人々が集まっています。これはアスリートが、毎日自己ベストを更新しようと努力している姿勢に似ています」

「イノベーションだけでなく、企業としての成長において慎重であるべきだとも考えています。例えば、現在のマーケットでは急速な成長が求められていますが、同時に回り道を選び、失敗を避ける慎重さも必要とされます」

「私たちのミッションを一言で表すと、『動くことを通じて、人の心に火を灯すこと』です。これは単なるマーケティングの言葉ではなく、日々の活動において真に実践されているものです。私たちの強い信念として、私たちの製品は人々の人生をポジティブに変える力を持っていると確信しています」

「この『運動』が意味するものは、必ずしもオリンピック向けのトレーニングを指しているわけではありません。長期間運動をしておらず体力が落ちている人々をサポートし、再び動きだすきっかけを作ることです。こうした人々が私たちの製品を通じてより良い健康状態を手に入れることが、私たちにとっての目標です」

「『動くこと』は人間をより良くします。それは私たちがわざわざ言う必要もない、明らかな事実です。しかし、製品を通じて多くの人々に実感してもらうことが、私たちの使命なのです」

男子3000メートル障害の三浦龍司選手をサポート

――世界陸上では、どのような選手をサポートしていますか。

「我々は選手に対して、スポンサーという言葉を使っていません。スポンサーとは、何かを与え、代わりに何かを得るという意味であり、私たちは、アスリートとパートナーシップを結ぶという考え方を重視しています」

「アスリートは非常に重要であり、彼または彼女がその専門分野において最高レベルのパフォーマンスを発揮するだけでなく、次のプロダクトを改善する方法について多くを学ぶことができます。さらに、私たちはアスリートがトレーニング、食事、睡眠に注意を払っていることを強く信じています」

「しかし、それだけではありません。アスリートがけがをした場合、どうしますか? 世界選手権を戦っているときに何かが起きた場合、ベストな医者をどうやって見つけますか? 私たちは、『アスリートコンパスプログラム』と呼ぶさまざまなサービスをアスリートに提供しています。例えば、インタビューへの対応の仕方や多くの人々の前での行動に関する講座などです」

「(男子3000メートル障害の)三浦龍司選手など非常に若いアスリートには、キャリア計画も含めたサポートを提供します。こういった数多くのサービスを通じて、アスリートの肩にのしかかる重荷を取り除くことができるのです」

――どのような種目の選手をサポートしているのでしょうか。

「陸上、トレイルランニング、トライアスロン、テニスなどの競技選手です。これらの競技に適した製品を開発し、提供しています」

「サポートしているアスリートの総数は約250人です。この数は日々増えており、ロサンゼルスで開催されるオリンピックの年には、若いアスリートをさらに迎えるでしょう。これにより、私たちのブランドを代表する形で競い合うことができ、非常に重要だと思います。このアスリートたちは、約50以上の異なる国々の人々です」

――日本市場をどのように位置づけていますか。

「たくさんの違いがスイスと日本の間にはあるかもしれませんが、共通点は革新を愛していることです。そして、技術的な点や細部の改善に非常にこだわっています。それが私たちのDNAであり、イノベーションに取り組む企業の姿勢です」

「アジア圏全体で良い成果を上げていますが、とりわけ日本では、技術への愛情や完璧さへのこだわり、デザインの革新性が非常に強く評価されています。日本は私たちにとって非常に重要な市場です。約10年前に初めてオフィスを横浜に立ち上げた際、たった2人のスタッフでのスタートでしたが、日本市場は今でも私たちのブランドにとって核となる位置付けです」

「また、日本市場の重要性は、成長のエンジンとしても非常に重要で、依然として期待されるポテンシャルがあります。多くの日本人やアジアの人々が私たちの商品を身に着けているのを見るたびに、非常に感激させられます」

(日経ビジネス 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2025年10月2日の記事を再構成]

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