第1次政権での交渉むなしく

トランプ大統領は10月、マレーシアでの東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議、韓国での米中首脳会談の合間に訪日し、就任したばかりの高市早苗首相と会談した。4月からの日米関税交渉は7月に合意に達したものの、米国からの更なる要求を警戒していた日本政府は、関税合意を着実に履行するとの共同文書に署名できたことに胸をなでおろした。

日本は2019年、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を離脱した第1次トランプ政権との間で、日米貿易協定とデジタル貿易協定を締結した。日米貿易協定ではコメや最重要輸出品である自動車・部品について、関税削減・撤廃や追加関税の対象からの除外を勝ち得た。しかし、第2次トランプ政権が矢継ぎ早に打ち出すこれまでにない貿易政策に、他国と同じく対応を迫られることになった。

「これまでにない」政策

トランプ政権の貿易政策は、以下の3点において「これまでにない」政策と言えよう。第一に、国家安全保障、貿易赤字是正、国内産業保護、違法薬物の流入阻止など、多岐にわたる目的を達成するために、貿易相手国に対して関税引き上げを手段に使ったことだ。国際緊急経済法(IEEPA)に基づく相互関税と、米国通商拡大法232条に基づく品目別25%課税という二段構えだ。

相互関税は全輸入に対する一律10%の基本税率に加え、対貿易赤字国を中心として86カ国・地域に上乗せ税率を賦課するものであり、品目別関税には鉄鋼・アルミニウム製品のほか、自動車・部品も含まれた。これらは、世界貿易機関(WTO)体制における最恵国待遇の原則から逸脱するような一方的措置であり、自由貿易体制での主導的役割を米国は放棄したと見られても仕方がない。

第二に、トランプ政権の貿易政策は大統領令によって発動され、大統領の一存で短期間にしばしば変更されることだ。このため貿易関係を予見することが難しくなっている。4月に発表された国・地域別の相互関税は、適用が90日間停止されたうえ、さらに8月まで停止が延長された。国内向けに関税政策の成果を示すためか、トランプ政権は要求を頻繁に変えた。トランプ大統領によるSNSの発信に翻弄され続けた各国は、対米交渉を開始し合意に達することで不確実性の早期の低減を望んだ。

第三に、同盟国や自由貿易協定の相手国に対しても容赦なく高関税の賦課を表明したことだ。要求は国によって異なり、特に、国家安全保障と相手国の不公正な貿易慣行がもたらすとする貿易赤字を問題視した。この点で、安全保障で対立する中国を最重要交渉相手と位置付けていることは理解できる。驚いたのは、日本、欧州連合(EU)、カナダ、韓国などの同盟諸国に対しても高関税を提示し、信頼の低下を招いたことだ。

食い違う合意解釈

日本は相互関税10%と上乗せ関税24%、自動車関税27.5%をトランプ政権から提示され、直ちに交渉を開始した。日本は米国にとって第7位の対外赤字国であるが、2019年以来、製造業を中心とした最大の対米投資国であり、投資額も増大している。日本政府は、交渉で「関税より投資」を訴え、投資による米国経済・雇用への貢献を一貫して主張した。

その結果、7月に枠組み合意に達した。相互関税15%、自動車関税15%、鉄鋼・アルミ製品の関税50%、対米投資5500億ドル、コメは既存の輸入枠の中で米国産の調達を増加、液化天然ガス(LNG)を含むエネルギーを年間70億ドル規模で追加購入、防衛装備品と半導体の年間数十億ドル規模で調達というのが主たる内容だ。相互関税と自動車関税は、当初の関税率より引き下げられた。

合意文書がないために、日米間での合意の解釈に齟齬(そご)があるのではと問題になった。特に対米投資5500億ドルについては、両国政府が別々に出したファクトシートの記載が相違していた。日本政府は、5500億ドルは政府系金融機関による出資・融資・融資保証の総額と説明するのに対し、ホワイトハウスは、戦略的分野での米国産業を再建・拡大するために米国の指示で日本が投資すると記していた。

なお残る曖昧さ

9月になって大統領令、日米共同声明が出され、7月の枠組み合意についての詳細が詰められた。不確実性はある程度低減したものの、日本が履行しない場合は、米国が関税を上げる可能性も示された。また、10月の日米首脳会談においても、対米投資については共同のファクトシートが出され、投資案件に関心のある企業名が挙げられたが、実施についての解釈は曖昧なままである。

ラトニック商務長官は日本経済新聞とのインタビューで、米国の経済安全保障のための共同投資になることから日本の損失リスクはゼロであり、投資案件の審査は日米共同で行うと述べているが、案件選択の主導権はトランプ大統領にあるとも言われている。

EU、韓国も合意に達したが、関税の引き下げと対米投資が含まれているのは日本と同様である。EUは相互関税と自動車関税15%、米国向け鉄鋼に低関税枠を設定し、6000億ドルを超す対米投資を、韓国は相互関税と自動車関税15%、3500億ドルの対米投資(造船分野を含む)を約束し、原子力潜水艦の開発について理解を得た。各国の合意内容は異なるものの、対米投資の履行について今後詰めなければならないのは、日本と同様である。

米市場への依存がリスクに

トランプ政権の貿易政策は多数の国を相手に2国間で交渉し、高関税を手段として譲歩(特に対米投資)を迫るものであり、多国間のルールに基づく国際通商体制を大きく揺るがせている。日本も含め、米国市場が重要な国にとっては、貿易の不確実性を減らすために交渉せざるを得ない。しかし、合意に達したものの、各国による投資の実施に米国が不満足となれば、追加関税を課せられる可能性がある。不確実性は残されたままと言えよう。

このような不確実性が続けば、米国市場への依存リスクを避けるために、各国・地域は輸出市場を分散化させていくだろう。実際、多くの国・地域は米国以外との自由貿易協定(FTA)の締結に積極的に取り組むようになった。

また、中国、カナダ、インド、ブラジルなどは、米国の高関税政策に対し、対抗措置を発動するなど、交渉は長引いている。中国は、長年堅持してきたWTOでの途上国待遇を放棄し、WTOを中心とする自由貿易体制の擁護者を自称するようになった。トランプ政権の「これまでにない」貿易政策は、実際の貿易関係だけでなく今後の国際通商体制のあり方についても不確実性を高めているのである。

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