商船三井の次期社長に決まった田村城太郎専務執行役員(右)と橋本剛社長(12月19日、東京都港区)

商船三井の田村城太郎専務執行役員が2026年4月1日に次期社長に就く。橋本剛社長は不動産などに事業領域を広げ、経営を安定させることに注力してきた。その路線継承を、中核事業であるコンテナ船の「エース」に委ねた。国際情勢に左右されやすい海運に依存しすぎない体制づくりが就任当初の課題となる。

「長いこと海運不況にあったが、業績が急激に回復した。そこからどうするかが大きな経営課題だった」。25年12月19日の社長交代会見における田村氏の発言は、業界を取り巻く経営環境を端的に示す。

海運業界は自動車やエネルギー、食品と様々な種類の輸送を手掛ける。このうち、本流と目されるのはコンテナ船事業だ。1950年代から統一規格の箱が普及した結果、貨物を効率的に大量輸送できるようになった。今なお、世界の輸送網を支える重要な役割を担う。

市況が大きく動きやすいリスクも抱える。2000年代後半ごろからは、コンテナ船の過剰発注に伴って運賃が下落する海運不況に陥った。16年には韓国最大手だった韓進海運が経営破綻した。

世界の物流が混乱するさなかに、新型コロナウイルス禍に見舞われた。そこでコンテナ需要が急速に逼迫。その後にロシアのウクライナ侵略や中東情勢の不安定も加わり、コンテナ船事業は再び息を吹き返した。25年からはトランプ関税によって落ち込む懸念もあったが、現在も空前の活況状態が続く。

実際、商船三井は21~22年度の2期で計1兆5000億円超の純利益を計上。それまでの過去30年間に計上した純損益の合計(約6781億円)を大きく上回った。コンテナ船を含む製品輸送事業の売上高比率(24年度)は35%と、全事業で最も高い中核事業だ。

ただ、乱高下する市況は経営を翻弄し、企業は中長期的な経営戦略を立てにくい。それだけに、21年に就任した橋本氏はコンテナ船への過度な依存から脱却し、安定的に収益を生み出せる事業の育成に注力することを掲げた。

方向性を示したのが、23年から始まった長期計画「BLUE ACTION 2035」だ。橋本氏は計画策定の中心人物に、当時の経営企画部長だった田村氏を指名した。

田村氏はそのコンテナ船事業が長い。事業本部があった香港に13年駐在。17年に国内大手3社のコンテナ事業を統合したオーシャンネットワークエクスプレス(ONE)の設立にも携わったエースだ。

「脱・コンテナ依存」の経営計画をコンテナ畑の田村氏に担わせる――。背景には事業の特性がある。

コンテナ船事業に携わる部門は多岐にわたる。荷主への営業担当、運賃を決めるマーケット担当、船の航行計画を立てる運航担当…。業務も細分化されており、ともすると「縦割り」になりがちだ。

田村氏はその弊害に早くから気付き、部門間のコミュニケーションを円滑にしようと腐心してきた。現在も勤務地のシンガポールにおいて、子会社を含めてオフィス中を回り、現地トップ自ら「何か困っていないか」と問いかける。

こうした様々な部門の思いをくみ取って組織全体を「組み立てる」姿勢が、長期経営計画の策定にも生かされたという。その後も22年に不動産のダイビルを完全子会社化。25年には化学品タンク設備を運営するオランダのLBCタンク・ターミナルズを約2600億円で買収するなど事業領域の拡大に尽力していった。

橋本氏は「この5年間でさまざまな新規事業分野を広げてきた」と振り返る。その上で次期経営陣に「中長期的に人材を育て、大輪の花を咲かせてほしい」と期待する。

田村氏は4月以降、会社全体に目を向けねばならない。ばら積み船やエネルギー、不動産といった利害が必ずしも一致しない事業部門を束ね、経営資源を適正に振り分けて会社の成長につなげられるかが課題となる。

「地政学のような外的な要因と、当初のもくろみとは違うという内的要因を考えながら常に戦略を修正していく」。田村氏は12月の記者会見で、経営における柔軟さの必要性を訴えた。持ち前の対話力を生かし、来たるべく荒波に備える。

(鷲田智憲)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。