道の駅で車上生活者と思われる人に声を掛けるNPO法人「POPOLO(ポポロ)」のスタッフ=ポポロ提供(画像の一部を加工しています)

 高市早苗首相が衆院解散を表明した1月19日、静岡県内で車中泊生活を送る渡辺浩さん(56)=仮名=は地元のNPO職員に自身の窮状を訴えていた。

 「何とか踏ん張りたい。でも、自力で住まいを探すのは不可能です」

 収入はあるが、最近の物価高が苦境に追い打ちをかけている。

 衆院選ではほとんどの与野党が競うように消費減税を掲げる。

 だが、財政の悪化懸念から円安が進み物価高に拍車がかかれば、増加が指摘される、家がないのに法律の定義には当てはまらない渡辺さんのような「見えないホームレス」を一層追い詰めることになりかねない。

ガソリン代「ばかみたいにかかる」

 渡辺さんのアルバイトは運転代行の配車サービスの電話受付で、月約16万円を得ている。

 しかし、過去の家賃滞納などを理由に部屋を借りられず、昨年8月からコンパクトカーの中で暮らしている。

入居する物件が決まった渡辺浩さん(仮名、手前)に、困ったことがあったら相談するよう伝えるNPO法人「POPOLO(ポポロ)」事務局長の鈴木和樹さん=静岡市で2026年1月29日午後1時58分、田中理知撮影

 洗濯はコインランドリー、入浴は週1回、銭湯を利用する。

 食事は1日1回の外食で、必ず牛丼屋かラーメン屋を選ぶ。

 ラーメンは700円、牛丼は450円ほどだが、最近は物価高もあり、特に携帯電話や駐車場代の支払いがある時はスーパーのおにぎりやカップ麺でしのぐこともある。

 車内でリモート業務をするアルバイトは昼前に始まる。

 忙しくなるのは夜になってからだが、午前4時ごろまで働いても、1日の稼ぎは7000~8000円程度だ。

 仕事を終え、疲れた体を車のシートに預けても、大抵は熟睡できない。

 「夏は暑いし、冬は寒い。寝ている間は極力エンジンをかけないけれど、我慢できない時もある。ガソリン代はばかみたいにかかります」

 ガソリン減税があったものの、週に1万円以上が消える。さらに、来年6月に控える車検では十数万円の負担が想定される。

離婚を機に人生が暗転

 愛知県内で生まれ、「裕福ではないが経済的に苦労したこともないごく普通の家庭」で育った。

 私立高校を卒業後、正規のトラックドライバーとして物流関係の会社に就職した。

写真はイメージ=ゲッティ

 当時はバブル真っ盛りで、勤務先だけでなく、取引先からもボーナスが出た。

 32歳で結婚し、2人の子どもにも恵まれた。

 支店長に昇進してからは、早朝から深夜まで働いて月収は約40万円に達した。

 一方で、時間や居場所を会社に管理される生活に嫌気がさしていた。

 小さな違和感が積み重なり、40代後半の頃、家族に告げずに突然仕事を辞めた。

 それを機に離婚し、生活は暗転した。

 貯金は妻が管理していたため、渡辺さんの手元に生活資金はほとんど残らなかった。

 アルバイトを転々とした後、配車サービスの仕事に行き着いた。

 だが、ここ数年の物価高も加わり、稼ぎがその日暮らしの費用に消える日々が続いている。

過去の家賃滞納で家借りられず

 新型コロナウイルス禍の頃、コロナにかかった父にがんが見つかり、愛知県内の実家に戻った。

 だが、父の死や、認知症の母に成年後見制度で後見人が選任されたことなどを受け、再び家を出た。

写真はイメージ=ゲッティ

 その後、静岡県内の知人の家にしばらく身を寄せたが、そこにも居づらくなった。

 過去の家賃滞納などから自分では家を借りられず、元々借りていた駐車場を拠点に昨年8月から車中泊生活をするようになった。

 それからは、誰かと一緒に過ごしたり話をしたりすることが極端に減った。

 孤独感にさいなまれ、昨年の暮れには自ら命を絶つことも考えた。

働いても働いても…

 救いになったのは、年末年始に仕事が立て続けに入ったことと、以前から気に掛けてくれていた友人からのLINE(ライン)のメッセージだった。

 「ネガティブだと応援できないよ」

 現状を知った友人はそう言って奮い立たせてくれ、不動産屋を紹介してくれた。

入居する物件の契約書類などを確認する渡辺浩さん(仮名)=静岡市で2026年1月29日午後1時57分、田中理知撮影

 やはり家を借りることはできなかったが、そのことを報告すると、行政に相談するよう勧めてくれた。

 生活拠点のある静岡県内の自治体に相談したところ、静岡市のNPO法人「POPOLO(ポポロ)」につなげてくれた。

 1月29日に入居できる物件が決まった渡辺さんはかみしめるように言った。

 「いまの仕事は給料が安い上、熱があっても働かないといけない。まさにその日暮らしになっており、働いても働いても生活が楽になりません。今後は運転代行の配車サービスのアルバイトを副業にしながら本職を探し、生活を安定させたい」

見えないホームレス、国は実態把握せず

 2002年施行のホームレス自立支援法は「ホームレス」を「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義する。

 厚生労働省によると、定義に当てはまる人は全国調査を始めた03年1~2月時点で2万5296人だったが、25年1月時点では10分の1の2591人と過去最少を更新した。

東京都内には多種多様のネットカフェがあふれる=複数の看板を合成

 だが、00年代以降は非正規雇用が増え、雇用者全体に占める割合は3~4割で高止まりしている。

 最近では物価高もあり、今日寝る場所や食べるものに困る人は後を絶たない。

 法律が定義する路上生活者の多くは姿を消したが、インターネットカフェを転々とする人などは調査対象にならないだけで、ホームレスという言葉が本来意味する「家がない」人たちは減っていないと指摘される。

 しかし、国はこうした「見えないホームレス」の実態を把握しておらず、支援が行き届いていない可能性がある。

毎日のように届くSOS

 東京都豊島区のNPO法人「トイミッケ」代表理事、佐々木大志郎さん(47)は、見えないホームレスの増加を肌で感じている。

NPO法人「トイミッケ」代表理事の佐々木大志郎さんの元には、寝泊まりする家を失った人からのSOSがひっきりなしに届く=東京都豊島区で2026年1月21日、尾崎修二撮影

 佐々木さんらはコロナ禍の21年から非常食やモバイルバッテリー、連携するホテルの宿泊券、交通費が入った「緊急お助けパック」の配布を都内などで続けている。

 受け取りは1人1回で、利用は22年度が125件だったのに対し、24年度は338件に増えた。

 現在もほぼ毎日利用がある。

 利用者の7割が20~40代で占められ、ほとんどが日雇いや「スキマバイト」などの仕事をしながら、ネットカフェや派遣先の寮を転々とする不安定な生活を送る。

 佐々木さんは「物価高で住居や就労が不安定な人は確実に増加傾向にある」と指摘した上で、こう語る。

 「働き盛りの世代がキャリアアップも見込めず、都合のいい労働力として調達され続けている現実があります。日雇い労働やスキマバイトなどは、条件が少しでもいい案件が『取り合い』になる。外国人に仕事を取られたと感じて『許せない』と口にする若者もいますし、スマートフォンで仕事を探しているうちに闇バイトに手を出すリスクもある。『現代の貧困』に苦しむ人が静かに増えていることには怖さを感じます」

消費減税で円安を招けば物価高の恐れ

物価高対策に関する主な政党の公約

 高市首相は昨年10月の就任以来、物価高対策などの経済政策に最優先で取り組む考えを繰り返し表明してきた。

 しかし、8日投開票の日程で衆院選が行われることになり、新年度予算を年度内に成立させることは難しくなった。

 一方で、自民党は衆院選の政権公約で、飲食料品の「2年間消費税ゼロ」実現に向け、国民会議で財源やスケジュールなどの「検討を加速する」と明記した。

 野党第1党の中道改革連合も食料品の税率ゼロの恒久化を掲げるほか、その他のほとんどの党も消費減税を主張する。

 だが、巨額の税収が失われて財政不安が高まり円安が加速すれば、さらなる物価高を招く恐れがある。

「人として当たり前の生活させて」

入居する物件の契約書類などを確認する渡辺浩さん(仮名)=静岡市で2026年1月29日午後1時50分、田中理知撮影

 前出の渡辺さんは「物価が上がっていることは仕方がない面もありますが、末端まで収入が上がらないと格差は埋まらないと思います。自分に努力が足りないところがあるとはいえ、一度道を踏み外すとやり直しがきかない世の中になっています。せめて国には、人として当たり前の生活ができる状態に戻るのを助けてほしい」と漏らす。

 ポポロの事務局長、鈴木和樹さん(44)も「働いているのに生活に困っている人は多く、物価高が追い打ちをかけています。国によるさまざまな雇用対策が打たれてはいますが、一番大変な人たちには届いていません。見えないホームレスなどへの支援は市民団体がやっているのが現状です。これでは限界があるので、国が実態を把握し、現場に即した施策を一つ一つやってほしい」と訴える。【田中理知、尾崎修二】

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。