今春閉鎖する本店2号蔵(左)と隣に建設中の新しい蔵=神戸市東灘区の白鶴酒造で2026年1月20日午後0時21分、山本真也撮影
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 日本一の酒どころとして知られる灘五郷で、冬季に全国から出稼ぎに来た蔵人(くらびと)が酒造りをしてきた「季節蔵」の一つが今春、74年の歴史に幕を下ろす。老朽化が理由だが、季節雇用が主力となる造り方は人手不足で維持するのが厳しくなっている。「今までで最高の酒をつくりたい」。杜氏(とうじ)や蔵人は有終の美を飾る新酒造りに取り組んでいる。

 清酒大手、白鶴酒造の本店2号蔵(神戸市東灘区)。同社にある三つの蔵のうち、二つが季節蔵で、そのうちの一つだ。主に吟醸酒やコンクールに出品するなどのプレミアム酒を担当。全国新酒鑑評会では直近まで5年連続、最高の金賞受賞酒を出してきた。

 建物は鉄筋コンクリート6階建て。米をエレベーターで最上階に上げて、落下式に洗米、蒸し、発酵、搾りなどを進める。1952年の建設当時は伝統的な酒蔵とは一線を画す近代工場だった。だが、老朽化に伴い、建設中の新しい蔵に役割を移すことになった。

 冷え込みが厳しい1月下旬、工場長の岡本隆志さん(57)の指揮のもと、蔵人が新酒の寒仕込みに取り組んでいた。甑(こしき)と呼ばれる大きな釜で、酒米が蒸し上がると、ふくよかな香りが広がる。温度と湿度が厳重に管理された麹室(こうじむろ)では、種麹(麹の胞子)を蒸し米に振りかけ、酒造りの肝となる麹をつくる作業が張り詰めた空気の中で行われた。

 かつては南部(岩手県)、越後(新潟県)と並んで日本三大杜氏と称された「丹波杜氏」が醸造を取り仕切っていたが、2003年から醸造責任者は社員が務めるようになった。岡本さんも社員だが、長年の醸造経験が認められ、丹波杜氏組合から丹波杜氏の認定も受けている。

京都から出稼ぎに来ている蔵人の柏原宗光さん。「お酒は生き物」と語る=神戸市東灘区の白鶴酒造・本店2号蔵で2026年1月20日午前11時17分、山本真也撮影
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 一方、17人の蔵人のうち、8人は今も季節雇用だ。最年長の柏原宗光さん(70)は京都府北部で、織物業を営んでいたが、不況で仕事が減り、40代で京都市の酒蔵に出稼ぎに出た。03年から白鶴に移り、毎年、10月から翌春まで蔵に併設された寮に住み込んで働いてきた。タンクで発酵が進むとパチンパチンと音がするのを「おしゃべりしている。お酒は生き物」と表現する。佳境に入ると、発酵の状態が気になって寝られず、夜中に様子を見に行くこともある。

 かつて灘五郷は、丹波や但馬地方で農業や漁業に従事する人たちが冬場に杜氏や蔵人として出稼ぎに来ていた。柏原さんが働き出したころも、16部屋ある寮は満室だった。しかし、地元の会社や工場に勤めて兼業したり、高齢化で継続雇用が難しくなったりして、出稼ぎは減少。北陸や東北など全国から人材を求めているが、季節雇用は近年、人手の確保が難しくなっている。

 2号蔵の隣接地に建設中の後継の蔵は、通年で稼働する四季醸造蔵で、社員のみで酒造りを完結する。季節雇用の8人は今春、精米工場などへの配置転換となり、柏原さんは愛媛県のグループ会社の酒蔵に移る。「さみしいが、また酒造りができるのでありがたい」と淡々と語る。

 岡本さんは「2号蔵は古くなったが、使いやすく、先人の知恵が随所に生きた蔵だった。今までで一番うまい酒を造って最後を締めくくりたい」と語る。【山本真也】

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