トランプ氏は強いドル、弱いドル、どちらを望んでいるのか=ロイター

米ニューヨーク市にラーメンブームを起こしたとされる著名店「モモフク・ヌードル・バー」。店舗入り口に置かれた円形のデバイスにスマートフォンをかざすと、レストラン向けアプリ「ブラックバード」を使う準備が整う。

ブラックバードはレストランの予約や支払いができるスマホアプリだ。暗号資産(仮想通貨)の一種であるステーブルコイン「USDC」で、ブラックバードが開発した独自の仮想通貨「$FLY」を購入。利用者は$FLYで決済を済ませられる仕組みだ。

ブラックバード創業者のベン・レベンタール氏は米メディアのインタビューで、「ブロックチェーンで決済やロイヤルティープログラムを構築し、(クレジットカード会社やレストラン予約アプリ業者など)従来の仲介業者を取り除くことでレストラン業界のコストを引き下げられる」と語っている。

ブラックバードは仮想通貨を活用した外食産業向けスマートフォンアプリだ(米ニューヨーク市で)

ジーニアス法成立が追い風に

仮想通貨を後押しするトランプ政権が誕生して以来、クリプト(暗号資産)業界が盛り上がっている。トランプ氏は選挙期間中から業界の規制緩和を掲げ、当選後は代表的な仮想通貨であるビットコインを戦略備蓄すると宣言。さらに7月、ステーブルコインの規制の枠組みを整える「GENIUS(ジーニアス)法」が成立し、追い風は強まっている。

ステーブルコインは法定通貨などと価値が連動するように設定された仮想通貨を指す。ジーニアス法はステーブルコイン発行者に同額のドルや短期国債を裏付けとして保有することを義務付けた。規制の曖昧さを取り除いたことで、事業者への追い風になるのではないかと見られている。

米西海岸でブロックチェーン関連スタートアップSpire Labsを2023年に共同創業した柳内海人氏は「今まで『怪しい』とされてきたかいわいが法律によってメインストリームに認められたという雰囲気がある」と話す。

冒頭のブラックバードのようにリアルの決済の場面で広がろうとしているのが、ステーブルコイン胎動の現在地といえる。

安くて速い開発環境

追い風は政府のお墨付きだけではない。ブラックバードのシステムは、仮想通貨交換業の米コインベース・グローバルが提供するイーサリアムの開発環境「ベース」上に構築されている。イーサリアム上で直接開発するよりも処理速度が速く、手数料を安くすることができるという。

柳内氏は「コインベースが提供するベースのような『レイヤー2』が世に出たことで、ブロックチェーンを活用したサービスが『安く速く』出せるようになった。今後、ブロックチェーンを利用したアプリが増えていくだろう」と見る。

米ネット証券大手ロビンフッド・マーケッツは6月、米国の株などをトークン化して取引できるサービスを欧州ユーザー向けに開始したと発表した。通貨だけでなく株式や不動産などにひも付いたブロックチェーンサービスの多様化が進めば、現実の資産の流動性が高まり、取引が活発化することが予想される。

トランプ氏が求めるのはドル安?ドル高?

ステーブルコインが広がり、裏付けとなる米国債の需要が高まれば、強いドルにつながる。トランプ氏はジーニアス法案に署名した際、ドルが基軸通貨の地位を失えば「世界大戦に負けるようなものだ」と語った。

一方でトランプ氏は日本や中国が自国通貨安を望んでいると批判し、ドル高の状況を暗にけん制してきた。トランプ氏は7月25日、「強いドルを持つと観光(収入)はなくなり、トラックも売れない。インフレ(を抑える)にはよい、それだけだ」と発言した。と同時に「個人的には強いドルを好むが、弱いドルは稼ぎをとてつもなく大きくする」とも語った。

トランプ氏は本音では強いドル、弱いドル、どちらを望んでいるのか。英エナジー・アスペクツのエコノミスト、マイケル・レッドモンド氏は「トランプ政権がステーブルコインを重視する政策は、ドル戦略の延長線上にあるわけではなく『暗号資産ロビー』という重要な支援者を意識した政策なのだろう。政権内にドルの価値と影響力を強めたり、弱めたりする政策が混在する可能性がある」と見る。

トランプ政権の明確な方向性が見えないまま、ジーニアス法成立を契機に普及スピードのギアが一つ上がったステーブルコイン。どこまで普及し、定着するのか、それに伴いどんな副次的な影響が出てくるのか。先行きが展望しづらい状況の中で発行バブルは訪れるのか。

(日経BPニューヨーク支局 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版 2025年8月6日の記事を再構成]

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