

「品質を高める余地はまだまだある」。中国勢の追い上げに、ボリュームゾーンを譲らないことで対抗する、電子部品の雄・村田製作所。ボリュームゾーンで勝ち抜くためのコスト構造を実現するために選んだ策は、強みとする「品質」をさらに追求する道だ。歩留まりを向上させ、ムダを徹底的に排除する。不良発生による手戻りや材料のロス、装置の稼働ロスなどを徹底的になくせば、製品自体の質向上とコスト低減は両立できる。
長く業界トップを走り、常に改善を続けてきた村田製作所の生産ラインは既に限界に近くまで歩留まり率を高めているとも思える。それでも福井村田製作所(福井県越前市)で6月末まで社長を務めた野村愼治氏(現村田製作所顧問)は、さらなる向上が可能だと語る。

低価格で勝負するために、製品の品質を落とすという選択肢もある。ただ、村田製作所はその戦略は選ばない。そこには、過去の失敗からの学びがある。
「積層セラミックコンデンサー(MLCC)で村田を逆転する」。サムスン電機関係者は10年前後、意気軒高と顧客に説明して回った。躍進していたサムスンは、トップの村田製作所の背中を数年で捉えると意気込んだ。その資料は村田社内にも届き、「あれが我々に火を付けた」(野村氏)。
先行者ゆえに村田製作所は、それまで競合他社を積極的には分析してこなかった。サムスンだけでなく、台湾・国巨(ヤゲオ)も勢いを増していた。牙城をどう守るか。材料や工法を推定すると、サムスンのコストは30%も安かった。そこで村田製作所は新工法にも挑戦。最終的にはサムスンなどの追撃を退けた。
だがその過程で試行し、結果として取りやめた戦略がある。「グッドイナフ戦略」。低品質の競合製品にシェアを奪われるなら、こちらも必要十分の品質で供給すればいい。先端品とは異なる基準を設け、実質的に品質を落とした商品で激しい低価格品競争に挑もうとした。
だが、グッドイナフでは駄目だった。想定ほど顧客をつかめず、受注は低迷。さらに複数の従来工程を省くことで生産コストを低減するもくろみだったが、工程変更に必要な作業など手間がかかり、先端品の生産にも影響してコストダウンにつながらなかった。小手先の対応はうまくいかない──。そんな教訓となり、品質を突き詰めるというボリュームゾーンの戦い方にたどり着いた。
品質向上に向け、あらゆる手を駆使する。AI(人工知能)による生産の最適化や材料の見直しなどに加え、設計見直しにも着手した。ボリュームゾーンのMLCCは村田製作所にとっては10〜20年ほど前に生産を始めた製品が多い。作り慣れた設計を見直してまで、品質にさらに磨きをかける。その現場の一つが、車載用MLCCの主力生産拠点である出雲村田製作所(島根県出雲市)だ。
10年前の製品は今の先端品とは設計思想が違う
「顧客が価格も気にする中、コストで戦える製品設計を進めている」。セラミックコンデンサ事業本部技術開発統括部開発2部の髙島寛和部長はこう説明する。10年以上前に設計された製品は、設計思想が今の先端製品とは違う。共通の思想で再設計した方が、作りやすくなり、歩留まり向上にもつながる。従来と同等の品質を維持したうえで新たな技術も用いて設計し直し、低価格化を実現する。
設計変更によりコスト競争力を高めたMLCCは、同じく車載用を主力とするフィリピン工場にも展開する。設計を変更すれば、納入先企業からの認証取得など新たな手間も発生する。それでも「効果を最大化しないと取り組む価値はない」(髙島氏)と労を惜しまない。
主戦場のスマホでももちろん、ボリュームゾーンから逃げない。村田製作所は米アップルに深く入り込み、その背中を追う中国メーカーからの支持も受けることでスマホ市場拡大の恩恵を享受してきた。だがスマホ販売が世界で頭打ちとなる中、市場も変調する。
小米(シャオミ)やOPPO(オッポ)など中国企業はハイエンド品を自社設計する一方、低価格品をIDH(インディビジュアル・デザイン・ハウス)という設計会社に委託。いまや低価格品が市場の半分を占めるまで拡大した。ハイエンド向けMLCCでは40%超のシェアを握る村田製作所だが、低価格品向けは現地勢に奪われている。

グローバル営業企画課の髙橋悠二シニアマネージャーは「(顧客に)網羅的にアタックする」と力を込める。強みの最先端品だけでなく、新たな市場を踏み台に中国勢が育つ機会も徹底的に抑え込む。
テレビやパソコン、半導体、液晶パネル……。日本のエレクトロニクス産業は勃興期に強さを見せてきた。それが普及期になると韓国や台湾、中国勢に逆転され、あっという間に彼我の差をつけられるという負けパターンを繰り返してきた。村田製作所は、日の丸電子部品は世界のトップを走り続けられるか。
(日経ビジネス 岩戸寿)
[日経ビジネス電子版 2025年8月1日の記事を再構成]
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