砥石(といし)を生産する自社工場に立つキング砥石の渡辺敏郎社長=愛知県常滑市で2025年9月3日午後3時55分、岡村恵子撮影
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 包丁砥(と)ぎのハードルを下げる――。愛知県常滑市の老舗砥石(といし)製造会社「キング砥石」がこう意義づける自社ブランド「10Good(トーグッド)」が注目を集めている。初心者でも迷わず包丁研ぎができるよう、工夫された道具を企画・製造する取り組みだ。かつて日本の暮らしに息づいていた砥石を使った刃物研ぎ。今一度その良さを知ってもらおうと、31歳の5代目社長が奮闘している。

 トーグッドは昨年6月に誕生。父から社長を継承した渡辺敏郎さん(31)が立ち上げた。ブランド名に付く「10(トー)」は、料理がおいしくなる、包丁が長持ちして経済的、心が整うなど、「砥ぐと良いことが10個ある」との考えにちなんだ。

 刀を重要な位置づけにしているアニメ「鬼滅の刃」やゲーム「刀剣乱舞ONLINE」の人気をふまえ、「追い風を感じる」と言う渡辺さん。中でも「鬼滅の刃」では、主人公・竈門(かまど)炭治郎の刀を手がけた刀鍛冶が、鬼の攻撃を受けながらも一心不乱に刀を研ぐ場面がある。「漫画やアニメで砥石を使うシーンが出てくるのは日本だけだろうと思っています」と目を細める。

ブランド「10Good」の砥ぎ場セットには、初心者でも迷うことなく包丁研ぎができる道具と工夫が詰まっている=キング砥石提供
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 実際、子どもからの反応もある。昨年1月、講師となって包丁の研ぎ方を教えた地元の小学校では、研ぎ終えた包丁でトマトを切った児童たちから「全然切れ方が違う」と驚きの声が。「切れない包丁を使う方が危険」ということを知ってもらうのも出前授業の目的の一つだ。「“鬼滅”で見たことあるよ」と言う児童もいて、皆真剣な表情で取り組んでいたという。

関心はあっても……

 だが、今、関心はあっても身近に砥石がない。あっても「使い方がわからない」という人は多い。「作る側がしっかり伝えられていなかったからではないか」。そんな思いがブランド立ち上げの原動力となった。

 同社は1940年、合成砥石専業メーカーとして、レンガやタイル製造で知られる常滑の地で創業した。粘土に研磨剤を混ぜ、成型して焼くという製造方法は地場産業に通じるものがあった。後に大量生産に向けてトンネル窯を導入。祖父が開発した合成砥石「キングデラックス」の量産が始まると、その研磨力から、業界内では「天然砥石にも劣らぬ品質」と言われるほど高い評価を受けた。

取扱説明書を折って包丁を砥石に立てる最適な角度(20度)を作ることができる。折った説明書に包丁を合わせてみせるキング砥石の渡辺敏郎社長=愛知県常滑市で2025年9月3日、岡村恵子撮影
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 19年に入社した渡辺さんは、工場で働きながら京都の道具店に通い包丁研ぎを学んだ。開いたワークショップの中で寄せられる質問は、研ぐ時の包丁の角度や頻度など、ほぼ決まっていることが分かってきた。プロダクトデザイナーの高橋孝治さんと共に、こうした課題を解決し、初心者でも迷わず使える道具の開発に取りかかった。

 砥石の表面にドット方眼を付けて線を引けるようにしたことで、線に合わせれば包丁を当てる位値がわかるようにした。取扱説明書は包丁を砥石に立てる角度の20度に折れるようにして、包丁を起こす角度をつかめるようにした。

 こうした工夫を凝らした道具を集めた「砥ぎ場セット」(8800円)を昨年8月に発売。陶製砥石▽ヒノキ製砥ぎ台▽砥石表面を平らに保つヤスリなど5点を収容している。販売数は右肩上がりで、これまでにグッズ全体で1000個以上を売り上げた。

 多くの人に包丁研ぎを体験してもらおうと、各地のイベントにも飛んでいく。渡辺さんを動かすのは「使い方を伝えていくことが作る者の責務」という理念だ。研げば十分使える包丁を、終わらせてはいけないとも思う。

 アニメなどで、登場人物が砥石で刃物を研ぐ場面を見ると「胸アツです」という渡辺さん。熱い思いを胸に奔走する日々が続く。【岡村恵子】

「キング砥石」

 渡辺社長の曽祖父の兄・渡辺和一氏が創業。従業員数29人。樹脂製、セメント製など砥石50種類以上を生産する。「10Good」のグッズは、基本の砥石(3300円)のほか、手ぬぐい(1340円)なども。「砥ぐと、良いこと。」と掲げる10個は、料理が楽しくなる▽料理が早くなる▽道具を大切にする気持ちを育む――など。

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