デジタル空間で“無数の自分”が勝手に使われ、性的に利用されていた——。

ドイツの著名な俳優・司会者のコリーン・フェルナンデス氏(44)が告発したのは、10年以上連れ添った夫による「デジタル性暴力」だった。

デジタル空間での性暴力は、法の不備を浮き彫りにし、ドイツ社会は怒りの声を上げた。

「バーチャルレイプ」

ベルリンのブランデンブルク門前に集まった群衆は、怒っていた。

日曜の午後、広場を埋めた数千人の女性たち。主催者は1万3000人が参加したと発表した(警察発表は約6700人)。

多数の女性が抗議のため押し寄せた
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きっかけは、フェルナンデス氏が、元夫で俳優のクリスチャン・ウルメン氏(50)から長期間にわたって被害を受けてきたと告発したことだった。

報道によると、ウルメン氏はフェルナンデス氏との婚姻関係が続いていた時期に、10年以上にわたり彼女になりすました偽プロフィールを作成し、相手と性的なやり取りを重ね、ポルノ的ディープフェイクを含む性的コンテンツを流通させたとされる。

彼女はこれを「バーチャルレイプ」と呼んだ。

ウルメン氏とフェルナンデス氏は2011年に結婚

この事件の陰惨さを際立たせているのは、加害が疑われる人物が「見知らぬネット上の他人」ではなく、最も近しい存在だったことにある。

夫婦は2011年に結婚し娘をもうけたが、最近離婚したばかりだった。しかも2人とも著名人であり、社会的地位も高かった。だからこそ、事件は芸能スキャンダルにとどまらず、家庭内の信頼や支配、沈黙といった深い問題を突きつけている。

AI生成の声で性的な会話も

象徴的なのは、フェルナンデス氏自身は長くSNSアカウントを持っていなかったにもかかわらず、自分名義のプロフィールがオンライン上で独り歩きしていたと訴えている点だ。

本人によれば、何年もの間、彼女の偽プロフィールが作られ、職業上のつながりがある男性たちに接触し、やり取りはやがて口説き文句へと変わり、「彼女からの」ヌード写真や性行為動画が送られたという。

さらに、彼女の名前でメールアドレスが作られ、AIで生成した声で電話もされ、性的な会話へと発展していったという。

こうした行為は10年以上続き、何百人もの男性に「彼女の」裸の映像が送りつけられ、業界関係者の中には、本人が本当に関わっていると信じた人もいたという。

フェルナンデス氏は音楽番組からドラマまで幅広く活躍する女優で著名司会者

彼女が奪われたのは、外見のイメージだけではない。

声や親密さ、さらには人格そのものが、他人の欲望や支配のために切り刻まれ、運用されたという感覚だった。

フェルナンデス氏はこうした行為の背後にいるのは匿名のネット荒らしだと思っていたという。

だが2024年末、ホテルでウルメン氏本人が「自分がやった」と告白。彼女のSNSには、ウルメン氏が彼女を「所有」している感覚からこうした行為に及び、他の男たちに性的に「提供」することや、屈辱を与えること自体に興奮を覚えていたと打ち明けた、と記されている。

かつて彼女はドキュメンタリーまで制作して「加害者の追跡」を行ったが、実は加害者は「ずっと非常に近くにいた」というのだ。

ドイツを代表する調査報道誌「シュピーゲル」によれば、フェルナンデス氏は2025年末、スペイン在住のウルメン氏を告訴した。

スペインの裁判所は予備捜査を開始しているが、起訴に進むかどうかは決まっていない。

ウルメン氏はシュピーゲルの取材に応じず、弁護士側は報道に法的問題があると主張している。

ドイツは「加害者天国」国民怒り

フェルナンデス氏がスペインでの提訴を選んだ背景には、女性への暴力や被害者保護に関して、スペインのほうがドイツよりも制度が整っており、専門の検察や裁判所も存在するという認識がある。

彼女は、ドイツではディープフェイク・ポルノの作成そのものを直接禁じる明確な法律がなく、被害者保護が不十分だと感じている。

だからこそ、ベルリンのデモはフェルナンデス氏個人への同情にとどまらなかった。

広場には怒りと経験を書き込んだプラカードが揺れていた。

「私の身体は私のもの――デジタルでも」「オンラインにも人権を」

参加者たちが訴えていたのは、デジタル空間で起きることもまた現実の暴力であり、放置してきた法と社会の側にこそ責任がある、ということだった。

ドイツ・ベルリンのブランデンブルク門 フェルナンデス氏のメッセージも読み上げられた

フェルナンデス氏自身も、被害の深刻さについて「私はインターネット上で、望む者すべてに性的に提供されていた」「いまでも時々、パニック発作で目が覚める」と訴えている。

その後、フェルナンデス氏はドイツメディアのインタビューで、公に語る目的は個人の告発ではなく、法的保護の穴を明らかにすることだと語った。

被害を届け出ても追及されず、立ち消えになってきた経験から、彼女はこれを「司法の機能不全」だと訴え、ドイツを「加害者天国」とまで表現した。

さらに彼女は、この件を有名人の特殊な事件ではなく、埋もれてきた被害が可視化された一例だと位置づける。

公表の意味は、自分が孤立しないためだけでなく、社会が加害者に向き合うためでもあるという。そして何より、「デジタル暴力は現実の暴力だ」と訴える。

被害は画面の中で終わらず、深いトラウマとして残る。だからこそ、沈黙を破らなければならない――それが彼女のメッセージだ。

ドイツ・ベルリンのブランデンブルク門  様々なプラカードをもって声を上げる女性たち

抗議集会の会場に選ばれたのは、分断と統一の歴史を背負うドイツの象徴、ベルリンのブランデンブルク門。その広場に掲げられていた言葉のなかにはこんなメッセージがあった。

「沈黙は加害者を守る」

いまドイツで起きているのは、その沈黙の壁が、ようやく音を立てて崩れ始めたということなのかもしれない。
(FNNロンドン支局長 髙島泰明)

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