がんの早期発見や予防に向けた活動について「全国に広めたい」と語る医師の荒川哲男さん=大阪市で2025年7月25日午後0時23分、芝村侑美撮影
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 検診でがんの早期発見を――。日雇い労働者の街として知られてきた「あいりん地区」のある大阪市西成区で、新たなプロジェクトが始まった。西成区は平均寿命が全国で最も短い。ワースト返上の鍵を握るのは「ピロリ菌」だという。

 「『西成のまねしてや』と全国に言えるようにしたい」。プロジェクトの中心になっている消化器内科医、荒川哲男さん(75)が意気込んでいる。

目の当たりにした現実

 荒川さんは、西成区にある大阪社会医療センター付属病院を運営する法人の理事長。2年前の夏に着任し、現実を目の当たりにした。

 西成区のがんの死亡率は全国平均の約2倍。大阪市によるがん検診の受診率は胃がんでみると、市全体は2・1%だったが、西成区は1・5%(2023年度)にとどまった。

 20年の国勢調査に基づく西成区の平均寿命は、男性73・2歳、女性84・9歳で男女ともに全国ワースト。最も長い川崎市麻生区と比べると、男性は10歳余り、女性は5歳近く短い。

 「長生きのため、がん検診の受診率を何とか上げられないか」。荒川さんは考え始めた。

大阪社会医療センター付属病院=大阪市西成区で2020年12月9日午後1時37分、本社ヘリから
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 着目したのは「ピロリ菌」だった。胃の粘膜にすみ着く細菌で、胃がんの原因となることが知られている。

発見率「予想以上に高い」

 24年4月、センターでは研究の一環でピロリ菌を調べる無料の抗体検査を始め、「ピロリ外来」も設けた。

 その結果、25年6月までに719人が検査を受け、4割余りの327人が陽性と判定された。陽性だと胃がんのリスクが出てくる。

 陽性者には胃カメラ検査を促し、ピロリ外来を受診した108人のうち8人に胃がんが見つかった。発見率は7・4%。一般的ながん検診では1%に満たないこともあり、荒川さんは「予想以上に高く、がん発見の有効なきっかけになる」と手応えをつかんだ。

 この8人は自覚症状がなかった。早めに発見されたため、外科手術などを受けて元気にしているという。

NPO法人で啓発へ

 センターでの治療を積み重ねるとともに、この夏には荒川さんが代表となり、NPO法人を始動させた。イベントなどを通じてピロリ菌の検査や受診率のアップにつなげようとしている。

 地元創業で、電飾の派手な看板がシンボルの「スーパー玉出」も活動に参加している。ピロリ菌検査を受けた人には一部の店で使える割引券をプレゼントするという。

大阪社会医療センター付属病院内のピロリ外来で、患者を診察する荒川哲男さん(中央)=大阪社会医療センター提供
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 NPOは「ときん」と命名した。将棋の駒「歩」が敵陣に入ると強い「と金」に成ることにヒントを得た。「歩が西から成ることで力を発揮する」。そんな思いを込めたという。

 50年間にわたり多くの患者を診察し、大阪市立大(現大阪公立大)の学長も務めた荒川さん。自らの経験もNPO設立のきっかけの一つとなった。

 約10年前に食道がんが見つかった。早期だったことが幸いし、今は健康に過ごしている。「あの時、胃カメラをしていなかったら、5年後には末期がんとなり、この世にはいなくなっていたはず」

 荒川さんは「がんがあっても早く見つければ健康で長く生きていける。健康寿命を延ばすことに貢献したい」と話す。【芝村侑美】

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