
親ガモに連れられ、ヒナたちがよちよちと歩く。愛くるしい姿は「カモのお引っ越し」と呼ばれ、京都・鴨川の春先から初夏にかけての風物詩。しかし、今年はその姿は見られなかった。
京都市を南北に流れる鴨川の東、八坂神社と平安神宮に挟まれたエリアの一角にたたずむ要法寺。広い境内にある清涼池に、今春もカモのつがいは飛来した。
徐々に姿を消したカモ
3月末から5月末にかけ、3回産卵した。必死に抱卵する親ガモの姿が見られた。しかし、徐々に数が減り、7月半ばに全滅した。周辺の野生動物に襲われたとみられている。

これまで世話をしてきた住友宏子さん(80)は「子どもが旅立ったような感じ」と寂しさをにじませる。「近所の方も毎年楽しみにしてはるし、癒やしやからね」
この場所に初めてカモがやってきたのは2005年のことだった。涼しい5月のある朝、住友さんは、偶然にも池の脇にある植え込みに、小さな12羽のヒナを見つけた。いつの間にか親が産卵し、ふ化したところだったようだ。
元々、生き物好きという住友さん。「なんとかわいい。守ってやろう」。網や木でフェンスを組み立て、市販の猫用トイレで小屋を作った。ヒナの足が滑らないように小屋の出入り口には洗濯板でスロープもつけた。
しばらくたつと、池から親子でトコトコと歩き出し、やがて公道から川に向かい始めた。交通量の多い川端通を横切るため、鴨川までは近くの川端警察署が交通整理を担った。

近隣住民や子どもたちが楽しみに
それからもカモは毎年飛来した。網をかいくぐった外敵に抵抗してくちばしが欠損してしまったり、カモ同士で羽を散乱させながら池を取り合ったりと、厳しい自然の中でヒナは守られ、育まれてきた。
カモのお引っ越しにメディアも注目。いつしか近隣住民や子どもたちが楽しみにする恒例行事になった。「老後の楽しみ」と、1日3回カモの様子を見に来る人も。そうした「観客」の安全確保のため、信号操作まで実施して交通整理を手掛けてきた川端署には、「カモ担当」までいた。

今の担当で地域管理係の岡崎憲和巡査部長は、引っ越しに向け、住友さんと連絡をとり、寺に足を運んでいた。川端署は来春「左京署」に統合されるため、署としては最後の引っ越しとなる予定だったが、かなわなかった。「地域と一体となっており、署としても大切なもの。警察官も楽しみにしており、これまで上司や先輩から引き継いできたことなので残念」としつつも、統合後も引き続き見守りたいと話す。
人間の手助けを期待?
そもそも、なぜ毎年カモは同寺の池にやってくるのか。日本野鳥の会の船瀬茂信・京都支部長によると、カモは、同じ個体が同じ場所で何年も営巣する習性があるという。近くに大きな川があることや、人間が守ってくれたり、引っ越しを手伝ってくれたりという認識なども決め手になるようだ。

つまり「近くの鴨川まで、人々が引っ越しを手助けしてくれると期待して」カモはやってくると考えられるそう。親ガモ不在のため、ヒナをエサで引き寄せ、川まで連れ出した23、24年の引っ越しは、カモから見ればまさにその利点が生かされた形になった。
大通りにほど近い住宅地の一角だが、ハクビシンやアライグマ、イタチにヘビと外敵は多い。防護ネットに加え、外敵が嫌うにおいの木酢液をまくなど対策をとってきたが、自然界の厳しさに直面した21年目の春だった。
船瀬支部長によると、ここで生まれたヒナが成鳥になって池に戻ってくることはありえるという。
ヒナの羽が生え変わるタイミングなどから、住友さんも徐々におおよその引っ越しの時期が分かるようにもなった。これまで撮りためてきたたくさんのヒナの写真に目を細めながら話す。
「これに懲りんと、来年も来てくれたらええけどね」。ちいさないのちを温かく見守ってきたこの場所で、次の春の訪れを待つ。【日高沙妃】
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