ビーガン、食物アレルギー、グルテンフリーに対応した菓子の製造販売を行う「トレジャー・イン・ストマック」の柴田愛里沙代表。チョコレートケーキも好評だという=東京都渋谷区で2025年9月10日午前10時36分、山本萌撮影
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 チョコレートクリームが乗ったケーキやしっとりと焼き上がったスコーン。一見普通のスイーツに見えるが、ビーガン(完全菜食)やグルテンフリー(小麦不使用)に対応したスイーツだ。

 「食事制限があってもみんなでおいしく食卓を囲める未来をつくりたい」と起業した柴田愛里沙さん(35)は、北海道から世界へはばたこうとしている。

父の病気で一念発起

 柴田さんは札幌市出身。幼い頃から小麦アレルギーやアトピー性皮膚炎に悩まされてきた。

 「祖父がドイツ人なので子供の頃からパンやパスタなど小麦粉を使った料理がよく食卓に並んだのですが、アレルギー症状が出て食べることができませんでした。大きくなって友達とカフェに行くようになっても、みんながパフェを食べているなか、私は食べられるものがないのでお茶を飲むしかなかった思い出があります。おいしいと食べている輪に入れないことが悲しく、相手に気を使わせてしまうという心苦しさも原体験としてありました」

 東京理科大を卒業後に大手IT広告代理店に就職したが、2014年、大好きな父親に膵臓(すいぞう)がんが見つかり「余命半年」と診断されたことで「そばにいたい」と退職して北海道へUターンした。

 「将来はケーキ屋さんになりたい」と、大学時代は洋菓子店でアルバイトをしていた柴田さん。この頃は一時的にアレルギーの症状が落ち着き、飲み薬や塗り薬を使って勤務していた。デザイン会社や飲食店などで経理や調理の経験を積んでいたさなか、1年間の闘病生活を送った父親が他界した。

 「人生は短い。やりたいことをやろう」

 菓子という「実物」をつくる仕事が楽しく性に合っていることを実感したこともあり、17年に「トレジャー・イン・ストマック」を創業した。フードブランド「チャット(CHaT)」を新たにつくり、乳製品、卵、小麦、白砂糖を一切使わないスイーツの開発や販売に取り組むようになった。

誰が食べてもおいしい菓子を

ケーキやスコーン、クッキー、もなかなど「トレジャー・イン・ストマック」の菓子には卵や乳製品、小麦粉などが使われていない。同社の柴田愛里沙代表は「お客様からおいしいとお手紙をもらうとうれしい」と話す=東京都渋谷区で2025年9月10日午前11時21分、山本萌撮影
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 「最初は一人で会社を始めて、仲間もいない状態での運営でした。ビーガンは独学で学びましたが、製菓学校の出身ではないので作る菓子のクオリティーに限界があると感じてパティシエを雇用しました」

 菓子好きが高じてパティシエになった人の中には、長年小麦粉に接してきたために小麦の食物アレルギーを発症する人もおり、それでも夢を追いかけたいという人を雇用していくことで仲間を増やしてきたという。

 「可愛いデコレーションや、ムースをおいしくしたいといった発想を、パティシエを雇ったことで実現できるようになり、商品の幅も提案できるデザインや味も広がっていきました。北海道はチョコレートやバターサンドなど、銘品や有名店が多く、安くておいしいお菓子が多い場所。グルテンフリー食品は通常高くなりがちということもあり、日常的に使える価格帯のお店を目指しました」

 チャットの主力商品は、米粉のスコーンや完全アレルゲンフリーのクッキーだ。ココナツオイルやアーモンドバターなどを混ぜ合わせてバターを再現したり、白砂糖の代わりにきび砂糖を使用して甘さを保ったりと工夫を重ねてきた。

 「ビーガンやグルテンフリーを気にしている人だけでなく、普通の人にも食べてもらいたいです」

 味や食感には特にこだわり、米粉スイーツなどにありがちな「パサパサしている」「硬い」「味も見た目も質素」といった感想を抱かれないよう、時にはリピーターにも意見を聞いて素材選びから試行錯誤を繰り返すのが常だという。

 「例えば私のように小麦アレルギーがある場合、ケーキ屋に入って食べられるものはプリンくらいです。植物由来の素材を使用したお店は少しずつ増えてきましたが都会ばかりで、少し地方へ足を延ばすとまだまだ選択肢は少ないと感じます」

 チョコレートと豆乳でつくったホイップクリームをふんだんに使ったチョコレートケーキは、グルテンフリー対応と言われなければ分からないほど、普通のケーキと遜色がない仕上がりになっている。

 季節のフルーツを使ったタルトやモンブランなども販売しており、冷凍・解凍してもおいしい菓子をつくることで、オンライン販売を可能にして販路を拡大してきた。

東京や海外にも進出へ

札幌市内に2店舗を構える菓子店「チャット」の円山本店=チャットのインスタグラムより
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 トレジャー社は現在、札幌市内に2店舗を構えており、11月に福岡の百貨店へ3店舗目を構える。

 年末には東京・立川でのポップアップストアや、来年には中東・ドバイのカフェへチャットの菓子を卸すことも決まっており、柴田さんは需要に手応えを感じている。

 「アレルギーや宗教、健康上の理由から、世界人口の約3分の1にあたる30億人ほどがなんらかの食事制限を抱えているといわれています。おなかに良いものを食べて幸せになろうという意味をこめた社名の通り、質の良いスイーツを提供していきたいです」

 「食べられないものがある人も普通に暮らせるようになる」という目標を掲げ、北の大地から発信する。【山本萌】

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