9月に東京・国技館で開催された大相撲秋場所は16年ぶりの横綱同士の優勝決定戦にもつれて、昇進2場所目の大の里が通算5度目、横綱での初優勝を果たした。1差で追っていた豊昇龍が本割で勝ち、2人が13勝2敗で並んだ末の決着。琴勝峰に平幕優勝を許した名古屋場所と打って変わって、両横綱が序盤から優勝争いを引っ張る展開に角界は沸いた。
大の里は横綱らしい、どっしり感が出てきた。名古屋場所までは先手を取りたい余り、立ち合いに一気に勝負を付ける感覚。腰高よりもスピードを重視して踏み込んでいた。しかし、秋場所は腰を割り、踏み込みよりも相手をしっかり受け止める立ち合いに変わってきた。そこから二の矢で相手を圧倒した。「強い」という印象を以前にも増して感じた。
ただし、千秋楽の本割は前日の豊昇龍の変化を意識したのか、集中力を欠いていた。中途半端に受けてしまい、腰も浮いたまま。一気に押し出された。だが、それが評価しようのないほど完敗だったため、逆に優勝決定戦は開き直れたのだろう。本来の持ち味である右差し、出足を活かした一気の寄りが蘇り、賜杯を手にした。
一方の豊昇龍は、勝負への執念を見せた。昇進後の過去3場所は途中休場した2場所と、大の里の全勝優勝を阻止した夏場所とも序盤、中盤で星を落としていた。しかし、秋場所は初日から11連勝で優勝争いの先頭を走った。12日目に新三役の安青錦に先場所に続いて敗れたのが初黒星。13日目にも大関・琴桜に敗れたものの、千秋楽で大の里を破り、優勝決定戦まで持ち込んだ。
2横綱のマッチレースを見た横綱審議員会の面々も大喜び。本場所終了後の定例会では、大島理森委員長が「あっぱれの一言。いよいよ『大豊時代』が来たな。そういう思い。『2人の横綱を推薦した委員として大変嬉しく思います』というご意見が(会合内で)あったこともお伝えしておきたい」と満面の笑みを浮かべた。
万々歳とも見える秋場所だったが、個人的には一つだけ気になることがある。14日目の結びの一番、関脇・若隆景戦で見せた豊昇龍の立ち合いの変化だ。勝ちに拘る余りに横綱らしくない取り口だった。それが、引っ掛かっている。
直前の取組で、琴桜がこの日になって突然休場して大の里が不戦勝になった。土俵入りから琴桜は不在だったが、取組時になっての場内アナウンスと「不戦勝」の提示を見て初めて知ったファンもいたようで、館内は残念がる声で埋まった。
首位の大の里が戦わずして13勝目を挙げ、追いかける2敗は豊昇龍ただ一人。負ければ、その場で賜杯の行方が決まるという勝負だった。確かにプレッシャーがあったのは理解できるが、まさか、あの場面で勝ち星の上がっていない若隆景相手に横綱が変化するとは思わなかった。
時間いっぱいから、立ち合いで右に飛んでのはたき込み。一瞬で決まった勝負に満員の国技館はため息に包まれた。八角理事長(元横綱北勝海)が「お客さんに申し訳ない」とコメントしたのも、うなずける内容だった。
支度部屋に戻った本人は「きょうは勝ちに行った」と話した。「変化で決めに行ったのか」の問いには「はい」と答えた。2連敗後の取組だっただけに連敗を止めるとともに、是が非での千秋楽の直接対決に優勝への望みをつなげたかったのだろう。
当日、土俵下で勝負を見守った高田川審判部長(元関脇安芸乃島)は、理解をみせた。「変化は最初から狙っていた訳ではないだろう。立ち合いを見て、相手がつんのめって勢いをつけてくるころをはたいた。変化といっても一寸ずらしたぐらい。若隆景が当たってくるのをしっかり見て、上手を取りにいったということ。横綱の冷静さでしょう」
横審も同様だ。14日目については、「『横綱としての勝利への決断として、ああいう取り口になったのではないか』という意見があった。色んなご意見が世にあることは承知しているが、委員長としての私の思いも、勝つことは勝負において大変な大事な目標の一つ。優勝が目前にあった時に総合的な判断としての結果でなかったか、と思っている」と話した。
昇進後、まだ優勝のない26歳を育てようという温かい眼差しが、角界には溢れているとは思う。豊昇龍が強くなるということは、ひいてはライバルである大の里の成長をも結果的に促すことになるはずだからだ。
豊昇龍が変化を選ぶ要因として思い当たることがある。強烈な投げを持っていることが返って災いになっているのではないか。強靭な足腰に裏付けされた投げを打つためには、どうしてもまわしが欲しい。高田川審判部長の見立て通り、上手を狙う立ち合いがこれまでも幾度となく見られた。
だが、安易な取り口よりも前に出る力もあるのだから、踏み込んで相手を受け止め、出ながらの投げならば、さらに評価が高まっていくのは間違いないだろう。現在、現役最多の優勝回数を誇る大の里との本割での対戦成績は7勝2敗と大きく勝ち越している。それだけの地力が本人にはある。
今月の34年ぶりのロンドン公演に続き、11月の九州場所もすでにチケットは前売り段階で完売だという。平成の「若貴ブーム」に続くほどの令和の大相撲人気。今年、財団法人100周年を迎えた相撲協会の中心となるのはこの2人の横綱の存在で間違いない。
今後も、強い両横綱が賜杯を競い合う姿を見ていきたい。そのためにも、次こそ、すっきりと素直に拍手して称えられる展開を期待している。
(竹園隆浩/スポーツライター)
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