女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝(11月23日・宮城県開催)の予選会であるプリンセス駅伝 in 宗像・福津が10月19日、福岡県宗像市を発着点とする6区間42.195kmのコースに31チームが参加して行われた。三井住友海上が2時間15分53秒と、大会記録を更新して優勝。2区の西山未奈美(25)、5区の樺沢和佳奈(26)、6区の松田杏奈(31)が区間賞を獲得。3人が鈴木尚人監督が想定した通りか、それ以上の走りで優勝をたぐり寄せた。16位の愛媛銀行までがクイーンズ駅伝出場権を獲得したが、愛媛銀行は参加10年目でクイーンズ駅伝初出場を決めた。

2区の西山がトップに立てた理由は?

2区(3.6km)の前半、テレビ画面の西山があっと言う間に大きくなってきた。中継時は1位と13秒差、距離にすると約70m差があったが、1.6km付近で3位に上がるとすぐに2位に浮上。そして1.9kmでトップを走っていた天満屋を抜き去った。どのチームも食い下がることができないほど、西山のスピードが勝っていた。

だが西山は「(最初から速いスピードで)突っ込まなかった」と言う。「去年のクイーンズ駅伝2区(4.2kmで13分19秒・区間6位)で突っ込みすぎて、後半に動かなかったんです。今日は落ち着いて走り始めました。自分の動きをすることを考えました」

今季の西山は3000m障害で日本選手権と全日本実業団陸上に優勝、アジア選手権でも6位と奮闘した。2月の全日本実業団ハーフマラソン(21.0975km)では1時間10分27秒で5位と、幅広い種目で結果を残していた。

好調の要因は「走り方にこだわったり、どんな状態になっても自分で調整できるようになったりしたこと」にあるという。「今日もウォーミングアップで右腕の肩甲骨周りに不安定感がありました。腕を引いても流れる感じになってしまって、力が上手く入っていなかったんです。ゴムチューブを使った動きを行って対処しました」

体の状態を整えることを最優先した結果、無理にスピードを上げようとしなくても、この日のように前半からスピードが出せるようになった。

5区・樺沢の快走の意味は?

3区(10.7km)では伊澤菜々花(34、スターツ)の爆走があり、兼友良夏(24、三井住友海上)が抜かれてしまったが、粘って4秒差で4区に中継した。4区(3.8km)のカマウ・タビタジェリ(25)は現メンバーでは社歴が最も長く(19年入社)、駅伝も熟知している。スターツのワングイ・エスターワンブイ(22)との接戦を制し、最後は4秒のリードで5区(10.4km)の樺沢にタスキを託した。

そしてパリ五輪5000m代表だった樺沢の快走が、優勝への決定打となった。1km過ぎでスターツ・西川真由(28)に追いつかれたが、3km手前で引き離すとそれ以降は独走に持ち込み、6区(6.695km)への中継ではスターツに1分19秒の大差とした。

「自分のリズムで走っていて、(スターツを引き離したのは)全然わかりませんでした。ただ前半が結構向かい風で、上り下りもあってリズムに乗れないまま5、6kmまで行ってしまって。タイムも遅くてやばいと思いながら走っていましたが、最後の2、3kmは(1km毎)3分10秒を切るまで上げられました。しかし全体的には良いリズムを作ることができなかったので、そこが反省です」

区間記録には9秒届かなかったが34分11秒で区間賞を獲得。区間2位の小林香菜(24、大塚製薬)にも17秒勝った。レース展開的には樺沢の走りで、三井住友海上の勝利が確定した。

レース展開にも関わってくるが、樺沢を5区に起用できたこと自体がチームにとって大きかった。本来であれば1区か3区が、トラック日本代表のスピードを生かす起用法だろう。だが今回のプリンセス駅伝は、「他に前半区間を試したい選手がいる」(鈴木尚人監督)という理由で樺沢が5区に回った。前回区間賞を獲得した6区の案もあったが、樺沢本人が5区を志願した。

「去年は2位だったので、ゴールテープを切りたい気持ちも大きかったのですが、調子がまあまあ良かったので、長い区間を走ってチームに貢献すべきかな、と思いました」

1区は三井住友海上が得意とする区間で一昨年は樺沢が区間賞、昨年は松田が区間4位。その区間に今年は新人の永長里緒(23)が起用され、区間賞選手から13秒差の区間5位と健闘した。「10秒以内でつなぎたかったのですが、ギリギリ設定範囲内です」と自身で合格点を出せる走りができた。鈴木監督がレース前に想定した「1区で10秒とかその前後の差で2区に渡せれば、今の西山ならトップまで行ける」という展開に持ち込んだ。

2区終了時にスターツに大差をつけていたことで、3区の兼友が抜かれても4秒差でつなぐことができ、4区のタビタジェリがトップを奪い返した。樺沢が5区を志願したことで、チームとしても新しい勝ちパターンを構築できた。

6区・松田の区間賞で2位と過去最大差の勝利に

優勝は5区で確定したが、6区の松田の走りでクイーンズ駅伝への期待が一段と大きくなった。松田は前後に選手がいない単独走となったが、自分のペースをしっかり刻み、21分42秒で区間賞を獲得。鈴木監督が「2月にマラソンで自己記録を出しましたし、練習も安定している」と評価する走りをいかんなく発揮した。

従来の大会記録は、21年大会の資生堂が出した2時間16分41秒。5区終了時通過タイムの比較では三井住友海上が38秒後れていたが、松田の快走で大会記録を48秒も更新した。2位とのタイム差の2分11秒も、資生堂が大会新を出したときの1分21秒を上回り、プリンセス駅伝史上最大差となった。

「私がイメージした区間配置ができましたし、選手同士もこの子が走ったら強いだろうな、という思いがあったと思う。その2つが一致したら力を発揮すると思っていました。やっと思い描いている駅伝ができましたね」

クイーンズ駅伝の区間配置は、かなり多くの選択肢を持つことになった。樺沢は前述のように1区か3区に入るだろう。今回1区で合格点の走りをした永長がクイーンズ駅伝でも1区なら、樺沢がエース区間の3区で他チームのエースと勝負することになる。樺沢が1区の時は永長と兼友で、状態の良い方が3区に回る。その時は1、2区の樺沢&西山で、目標とする順位に入るための貯金が十分にできる。トップを走る可能性もあると思われる。

10000mで30分45秒21の日本歴代3位(学生記録)を持つ新人の不破聖衣来(22)も入社。今大会はケガの影響で控えに回ったが、クイーンズ駅伝に間に合えば区間配置の選択肢がさらに増える。

プリンセス駅伝で大会新を出した資生堂は、その年(21年)のクイーンズ駅伝で2位に入った。資生堂には日本代表経験者と、その後日本代表に成長する選手が計4人もいた。プリンセス駅伝の大会記録を更新しても、資生堂と同じ成績をクイーンズ駅伝で出せるわけではない。鈴木監督もクイーンズ駅伝の目標を「クイーンズエイト(翌年の出場権が与えられる8位以内)」に置いている。「駅伝は何が起きるかわかりません。欲はかきません」と慎重だ。

しかし駅伝は、良い方向で“何が起きるかわからない”こともある。プリンセス駅伝のように指導者と選手が“イメージした通りの駅伝”ができれば、三井住友海上も優勝争いに加わることができるはずだ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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