東京2025世界陸上女子3000m障害で日本新の快走を見せた齋藤みう(23、パナソニック)が、初のクイーンズ駅伝を前にモチベーションが上がっている。クイーンズ駅伝(第45回全日本実業団対抗女子駅伝)は11月23日、宮城県松島町文化観光交流館前をスタートし、弘進ゴムアスリートパーク仙台にフィニッシュする6区間42.195kmコースに、24チームが参加して行われる。
自身初の実業団駅伝への意気込みを問われた齋藤は、「去年、(同じ仙台で開催の)全日本大学女子駅伝1区でブレーキをしてしまったので、その借りを返したい。この1年でどのくらい強くなったのかも確認したい」と答えた。3000m障害で世界を目指す齋藤の、駅伝に懸ける思いを紹介する。
大幅な日本記録更新を実現したレース展開とトレーニング
東京世界陸上での齋藤の日本新記録(9分24秒72。予選1組6位。5位までが決勝進出)は衝撃的だった。従来の日本記録は早狩実紀が08年に出した9分33秒93で、その後17年間破られていなかった。22年以降、齋藤を含め5人の選手が9分38~39秒台を出し、日本記録を目標にできるようになってはいた。だが齋藤自身も「9分30秒は絶対に切るつもりで走りましたが、まさか9分25秒を切るとは思っていませんでした」と驚きを隠さない。
大幅な記録更新の要因として、1000m通過が3分03秒78とスローペースにならなかったことが大きい。日本選手のレベルを考えたらオーバーペースで、齋藤の「3分10秒は絶対に切る」という想定も大幅に上回っていた。それでも齋藤は「3分3秒のスピードとは思わなかった」と言う。
「記録が出るときはスイッチが入るというか、そういう気持ちになることが多いので、もしかしたら行けるかもしれないと思いました。2000m通過(6分11秒70)も今までのレースで一番余裕がありました」
練習も納得できる内容ができていた。齋藤の代表入りは標準記録突破でも、世界ランキングがターゲットナンバー内に入ったわけでもなく、地元枠の規程で実現した。だがパナソニックの安養寺俊隆監督は、代表入りができると信じて中・長期的にトレーニングを進めてきた。
「標高1750mくらいの場所で、高地としては速いペースで練習しましたし、起伏もかなり走って後半も持ちこたえられる脚力を作ることができました。質も量も学生時代以上だと齋藤は言っていましたね」
自身も現役時代は3000m障害が専門だった安養寺監督は、障害を跳ぶ練習も効果的に組み込んだ。フレキハードル(柔らかい材質で、バーの中央がつながっていないトレーニング用のハードル)をトラック1周(400m)に5台置き、インターバル走を行った。1000m×5本なら最初の3本はハードルなしで速めに走り、後半の2本はハードルを設置し、疲れた状態でもハードルを跳ぶことに慣れさせた。
「壮行会(9月4日)の後で国立競技場で行われた練習会では、スタートから1台目の障害までの250mを、繰り返し走ってペースを覚え込みました。トップに立ってもいいから、(ペースを見失いがちになる国際大会でも)きちっとペースを決めて走る。だから本番でも慌てずにスタートができて、上手く流れに乗れたのだと思います」
トレーニングとそれによって培われたメンタル面に加えて、齋藤の身体能力も大きな要因だった。特に水濠では、外国勢に混じっても遠くに着地していた。齋藤は両親とも体育教師で、学生時代はともにバスケットボール選手。齋藤も陸上競技と「兼部」していた中学までは、バスケットボールで静岡県内でも注目される選手だった。
「水濠の着地で水に浸かるのは1歩だけですし、色んな動きに対応できるのは、バスケットをやっていたからだと感じています」
多くの要素がパスルの完成形のようにはまり、驚異的な日本記録が国立競技場で誕生した。
学生時代に成長した理由は、負けず嫌いと同学年選手に恵まれたこと
齋藤は高校3年時が新型コロナの感染拡大したシーズンだったこともあり、インターハイに行くことができなかった。しかし日体大2年時に3000m障害に本格的に取り組み始めると、2年時の日本インカレ、3年時の関東インカレ、4年時の日本インカレで優勝。記録的には4年時に、前年の10分14秒19から9分45秒62(学生歴代3位)に、5000mでも15分53秒52から15分27秒45へと大きく伸びた。
日体大の佐藤洋平監督は成長の背景を、「1つは負けず嫌いだったこと。そして同級生に恵まれました」と話す。負けず嫌いの性格は、練習姿勢に強く表れた。「同学年に山﨑りさ(23、現積水化学)や尾方唯莉(23、現京セラ)、嶋田桃子(22、同)がいて、負けじと練習したことが成長につながりました」。
週に2~3回行う負荷の大きいポイント練習は、チーム全体で行うが、日体大は選手個々に合った種目を幅広く行うチームで、個別の練習で齋藤はがむしゃらに走った。齋藤本人は誰かに勝つことよりも、「基礎が大事」という意識が強かった。それがピークに達したのが4年時だった。
「夏合宿で走った距離は、30日で計算したら1000kmを超えていました」。1区間が20km以上の箱根駅伝を走る男子でも、学生で月に1000kmを超える選手は少ない。女子の学生駅伝は長くても10km強で、その他は3~8km台である。1000km以上を走る選手は、まずいないと考えていいだろう。
気持ちの強さが裏目に出たことも何度かあった。1年時には「インカレの選手になってチームに貢献すること」への思いが強く、スタッフのアドバイスを無視して走り続け疲労骨折をしてしまった。そして一番は、4年時の全日本大学駅伝1区のブレーキだ。区間23位で上位チームから2分半以上離され、強力4年生4人を擁し優勝候補に挙げられていた日体大は、9位に終わった。
齋藤はその失敗を取り返そうと、また練習で走り込み、次は好結果に結びつけた。2か月後の富士山女子駅伝では2区区間賞を獲得し、チームの3位に貢献したのだ。富士山女子駅伝と同じ12月には、前述の3000m障害と5000mの自己記録も出している。
「自分では気持ちの余裕度の違いだと思っています。ある程度の練習ができて、そこからどのくらいの余裕を持てていたか、同じ練習をしてもどのくらいの余裕を感じられていたか。特に富士山の時は、“もうやるしかない”という気持ちと、“これだけやってきてダメならしょうがない”という気持ちがありました。自分を客観視できる余裕があった、ということだと思います。全日本大学女子駅伝のときは、もちろん気持ちは高ぶっていましたし練習もできていましたが、“やらなきゃいけない”っていう気持ちだけで、走る前から疲れていた気がします」
齋藤の中では緊張したり追い込んだりした後に、緊張が緩んだり余裕を持てたときに良い結果が出ている。「世界陸上前も合宿でかなり追い込んだ練習をして、その後は試合まで楽しみだなって感じられて、その緊張と緩みが上手く噛み合ったのだと思います」。学生時代から失敗と成功を繰り返してきたことが、世界陸上での日本新につながった。
ルーキー対決と3000m障害対決
齋藤のクイーンズ駅伝は、見どころ満載と言っていい。まずは出走区間が何区になるか。チームの状況によって左右されるが、主要区間の1区(7.0km)、3区(10.6km)、5区(10.0km)のどこかを任されそうだ。1区であれば、クイーンズ駅伝では終盤の上りが難所として知られている。「大学駅伝のコースより過酷なレースになりそうですね」と気を引き締める。
最長区間の3区も、どんな走りができるかイメージしている。「直線がすごく長いので、前の選手との差が見やすくなります。しかし見えるからといって焦って追わず、自分のペースで押して行きたいです。最長区間ですし、焦らず自分の力を出し切るレースをしたい」。
どの区間になっても、同学年ルーキーの誰かと対決するだろう。日体大の同級生たち以外にも、10000m学生記録保持者の不破聖衣来(22、三井住友海上)、昨年の全日本大学女子駅伝優勝の立命大のエースで3区区間新を出した村松灯(23、ダイハツ)、名城大で全日本大学女子駅伝3連勝した谷本七星(23、JP日本郵政グループ)らとの同学年対決は注目される。
「不破さんは、一昨年くらいまで自分の力もなかったので、雲の上の存在でした。山﨑と日体大で一緒に走ってこられたことは、私にとって財産です。今回は別のチームになって、どういう走りをするのか楽しみなところもありますし、同じ区間になったら絶対に勝ちたい。2人ともすごい選手ですが、そういう選手と戦っていけないと、3000m障害ももちろんそうですし、世界で活躍できる選手になれません」
3000m障害のライバルとの対決も、実現しないとも限らない。25年の日本選手権と全日本実業団陸上の2冠を達成した西山未奈美(25、三井住友海上)は、プリンセス駅伝2区で区間賞。自身では前半を少し抑えた走りをしたが、何人もの選手を抜き去った。クイーンズエイトで齋藤が2区(4.2km)に回ればハイレベルの戦いになる。日本選手権で転倒して2位と敗れている齋藤は「負けられないな、という気持ちもある」と意気込む。
日本選手権3位の西出優月(25、ダイハツ)、全日本実業団陸上2位の山田桃愛(24、しまむら)らも、3000m障害で力を付けている。齋藤の世界陸上の快走に、刺激を受けた選手たちであることは間違いない。主要区間に登場する可能性があるのは山田で、11月には5000mで15分33秒70の自己新と好調だ。齋藤と直接対決が実現したときは、来年のアジア大会3000m障害の代表争いにもつながっていく。
同学年選手や3000m障害選手との対決も意識するが、齋藤の一番の目標は「チームに貢献する」ことだ。
「会社の方たちに3000m障害で色々支援していただいています。その恩返しという意味でも、駅伝でチームに貢献したい。チームはクイーンズエイト、さらには3位以内まで目標としています。そのために区間3位以内で走ることが個人の目標です」
パナソニックというチームで走ることで、駅伝と3000m障害が1つのサイクルとなって、齋藤は成長していく。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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